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【霊的な存在か!?】〈悪い友人〉を繋ぐ“スピリチュアルな縁”
ダライ・ラマ法王の笑顔
今回のコラムは先のダライ・ラマ著作のおまけ倫理コラムに大幅に加筆と新しい話題を追加した内容です。“スピリチュアルラボ”というウェブログでコラムを書いている筆者自身は、ダライ・ラマ法王の語る実践だけでなくスピリチュアリティにかんする高名なスピリチュアルな師と呼ばれる方たちの教えも含めて自分の生活に合った適切な方法で行っていますが、〈慈悲〉の心〈非暴力〉の精神を培うための考え方や行動倫理というのは、言うのは簡単ですが実行するのは本当に難しいものです。

ですが、その心構えを持たずに生きるよりも実践しようという前向きな気持ちをもって生きているだけでも生活の質は明らかに変わります。たとえば、昨日できなかった行動が今日できるようになったりするのを筆者自身は実際に体感しています。

数年前の自分より今の自分は明らかにより健全な考え方を持った人間になっていると感じることができれば、それは心が洗練された証(あかし)。反対に下品・野暮になっていると感じるのであれば生活や考え方を見直してみることが必要です。

人は憧れの人の行動や話し方を真似る習性があります。憧れの著名人のファッションや服装を真似するのが若者の特徴といってもいいですが、年配の方でも憧れの人を真似る傾向があります。たとえばジャーナリスト鳥越俊太郎さん(下段写真右)は『大河の一滴』の人気作家五木寛之さん(下段写真左)を真似ていると見受けられます。
五木寛之鳥越俊太郎

さて、憧れの著名人が“精神的に優れるデキた”人物ならよいのですが、もしその著名人や友人・恋人が下品だったり人間的に問題だったりすると、その人物と同じような行動を知らず知らずに行うようになるものです。よくこんな言葉を聞きませんか?

「○○さん あの人と付き合うようになって性格悪くなったよね」
悪い友人と付き合うと、それが心の習慣となって継続的な人間性の成長を阻害します

悪い行動例として、電車内で飲み終わった缶やペットボトルを座席の下に置き捨てたりする行為をしたとします。もちろんその行為は常識的な“おとな”の公共倫理に反しますが、それを見るであろう公共倫理を知らない児童が見たとしたら、大人のする行動だと感じて真似てしまいます。たとえ自分ひとりの行動でも必ず他者に影響を与える と深く洞察することも重要です。自殺であっても社会学では他者の行動を模倣して行われると考えられてもいます。

他人の行動が深層の心・意識にも影響を与えていることに無神経であるならば、その軽薄な考え方を改めるべきで、ダライ・ラマ法王などは自分の心や考え方の癖を深く洞察する瞑想をたびたび語ります。瞑想意識を一点に集中するものと、ある概念について深く俯瞰して静かに心を開いて見つめることをもさすと法王はそのようにいいます。

人の行動や心は他人から影響され「洗練もすれば下品・野暮にもなり」ます。心というものは一時期、洗練されたとしても日々の生活のなかで少しでも隙をみせれば直ぐに元に戻り、最悪の場合はそれ以上落ちてしまうこともあります。心というものは「日本刀」のようなもので日々磨きをかけて手入れをしなければ錆びてしまうと考える必要があります。

11世紀ペルシア(イラン)の賢者邪(よこし)まな友達を持つより、独りでいる方が貴重なものだという言葉を遺しました。この言葉はイスラーム神秘主義ジャラール・ウッデーン・ルーミーのものです。

facebookなどSNSでは数多くの知り合いと繋がることに価値を見いだしている人も多いかもしれませんが、数より質(人間性)を選ぶことが重要だともいえそうです。続いてしかし、良い友達は独りでいるよりもさらに貴重なものだよといいます。

さらにルーミーの言葉を続けましょう。
  心が悪い習慣に毒された友人は、毒蛇よりも恐ろしい。毒蛇は噛んだ者の命を奪うが、心が毒された友人は、キミを苦しみに満ちた長く険しい人生へと導く。
  よくおぼえておきなさい。キミの心が気づかないうちに、何の前触れもなく友人たちの習慣を真似し始める。
  悪い習慣に毒された友人がキミに近づくとき、その影響力がキミ自身の一番貴重で清廉な心を奪い取るだろう。

――『神秘と詩の思想家メヴラーナ』より 管理人フィルター訳

今一番親しみを覚える友人、よく一緒に遊ぶ気になる人、恋人の顔を思い浮かべて“それが今の自分だ”と俯瞰視点に立って考えてみることです。

ただ、悪い習慣になれてしまった人は、善い友人の精査もできないでしょうから、一度その輪廻に嵌まり込んだとしたら永遠のように抜け出すのも困難です。筆者の経験からして、“良い人”というのは、一緒にいて「落ち着く」ことができたりします。また「面白味のない」タイプであったりします。要は「世俗的な刺激がない人」です。

良い友を持つことができるなら持ち、いなければ独りで過ごし、さらに悪い習慣をおこなう友人、男女関係(セックスなど)を行うような異性とは縁を切るのがよいというわけです。
神秘と詩の思想家メヴラーナ―トルコ・イスラームの心と愛神秘と詩の思想家メヴラーナ―トルコ・イスラームの心と愛
エミネ イェニテルズィ Emine Yeniterzi

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◆霊的な存在か!?
ここで少し息抜きとして「悪い友人」に関連した不可思議でまさにスピリチュアルな事象がたびたび筆者の身に起こったことを話してみます。もしかしたら以前どこかで書いたことがあるかもしれませんが、既知の方は読み飛ばしてしまってください。筆者のコラムはほとんど繰り返し同じことしか話していません

さて、筆者がダライ・ラマ法王と同じように尊敬しているスピリチュアルな伝説の偉人に本職がキプロス上級公務員でキリスト神秘主義霊的治療師であったダスカロス故スティリアノス・アテシュリス博士 1912-1995 )という方がいます。
ダスカロスの笑顔

彼の語る霊的世界の話は、スピリチュアルの王道なので一般的な方には受け入れられない話もあると思いますが、その霊的世界論のなかで“エレメンタル”という霊的半物質が存在することが述べられています。

エレメンタルとは、私たち人間が考えたり想ったりしたものが“ある形をかたどり”、目に見えない霊的半物質となってその本人の体から放出され、空間に漂ったり、人に向かって飛んでゆくといわれているものです。想いが飛んでいくというのは携帯電話の電波のような、要はテレパシーのようなものだと考えてもいいと思います。詳しい話はアメリカ・メイン大学社会学教授マルキデスが書いたルポ『ストロヴォロスの賢者』やダスカロス自身の著作・講演録などにあたってください。
メッセンジャー―ストロヴォロスの賢者への道 メッセンジャー―ストロヴォロスの賢者への道
キリアコス C.マルキデス Kyriacos C. Markides

太陽出版 1999-04


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真理の言葉真理の言葉
パナヨッタ・セオトキ‐アテシュリ エドコム編集室

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この概念は今現在の考え方に合わせて仮説として再考できると筆者自身は思索の結果そう感じています。その話は、また別の機会にまとめて話すことにして。

エレメンタルは、想いや思考が形をとって現れたもの 。英語でThought‐Forms[ソート・フォーム]想念・思考形体ともいいます。ダスカロスが語るエレメンタルについての話しは特別といったわけでなく、ダライ・ラマ法王も一目置いたインドの思想家J.クリシュナムルティを見いだしたことでも有名なC.W.リードビーターアニー・ベサントが20世紀初頭に著書『思いは生きている―想念形体』にまとめたことで広く知られているようです。
私は何も信じない――クリシュナムルティ対談集私は何も信じない――クリシュナムルティ対談集
J・クリシュナムルティ 大野 純一

コスモスライブラリー 2000-09-01


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思いは生きている―想念形体 (神智学叢書)思いは生きている―想念形体 (神智学叢書)
アニー・ベサント チャールズ・ウエブスター・リードビーター 田中 恵美子

竜王文庫 1994-02


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それで筆者の実体験ですが。筆者はある特定の欲求 に対して弱い性質があることを自覚しています。「知識を深めたい集めたい(書籍)」などなど。人それぞれ欲する心(欲求・執着)の弱点は違います。食物,物品,金銭(財産),地位,異性,性,ファッション(お洒落),人物(アイドル,俳優,家族)など

覚者、チベット高僧と呼ばれた人物であっても弱点はあり、バグワン・シュリ・ラジニーシチョギャム・トゥルンパスワミ・ラーマなどアメリカに渡って活動した覚者や高僧の多くが性的欲求・欧米美女に弱くさまざまなセックスにかんする問題を起こしたそうです。男性なので気持ちはわかります。

筆者の場合、ある特定の想いを抱くと、まったく連絡をしていなかった悪い女性知人からメールが届くことがたびたびありました(*このウェブログを知っている方ではありません。悪いといっても奔放すぎる性格の女性)。エレンタルというのは不特定の方向に飛んでいくわけですが、もちろんエレメンタルをキャッチする人間が筆者自身を知っていなければコンタクトを取ることはできません

上記の事態がたびたび起こるので、この不可思議な現象をエレメンタル(想念形体)かテレパシーか何かかもしれないと考えてみることがあります。 最近流行ったオカルト理論 (*筆者はオカルトという言葉を「見えない神秘」という善意の意で使っています)に引き寄せの法則といわれるものがありますが、引き寄せる対象との接点(種を蒔くこと)がなければ何も起きないのと一緒です。見知らぬ人が突然メールを寄こして来たりお金をくれたりするなんてことは、ほぼありません。 

先日の横浜のダライ・ラマ講演会のときに筆者の妹が、このエレメンタルらしきものを見たと筆者は想ったので、その話はまた後日しようと思います。断っておくと彼女はエレメンタルとかディープな霊的な話をほとんど知らないので筆者が訊かなければ判らないような些細な話でもあります。

さて話を本筋に戻します。

お釈迦様、ブッダが語るところでは自分の心が洗練される見込みのない異性と結婚するならば、独りでいることの方がよいと、これは私の読解を通した訳ですが『ダンマパダ』23章328から330でアドバイスしています。ですが、決してブッダが結婚をしてはいけないと言っているわけではありません。この前にこのように言っています。

  もしも思慮深く聡明でまじめな生活をしている異性を結婚相手として共に歩むことができるならば、あらゆる危険や困難に打ちかって、心よろこびつつ気持ちを落ち着けて一緒に歩みなさい。
――『ブッダの真理のことば 感興のことば』より ブログ管理人フィルター訳
この生き方の指針は、とても怜悧です。

しかし、賢者らの言葉はときに自分本位、利己的な物の考え方だと批判されてもおかしくありません。なぜなら友人や恋人に優劣をつけて判断を下している のですから、他人のことを第一に考える利他主義にとっては聞き捨てならない考え方です。

利他主義。自分の幸せを捨てて他人の幸せを願う、といったスピリチュアリティを尊崇する方もたしかにいます。しかし、本来生物が持っている心理面からみてみると現実的な方法とはいえません。人は苦しみを避けるのが生物的に当然だからです。

ですが、わざわざどうしようもない男性と交際・結婚をする、といった行動をとる女性が世の中にいることも知られています。これは形を変えた母性愛・利他主義、何とかしてあげたいと思う心なのでしょう。もしくは相当マゾヒスティックな性向を持っているのかもしれません。

しかし、相手を変えるために付き合ったりする考え方はあまりにも思い上がった考え方であり。まず自分自身の身の程をわきまえていなかったり、心のどこかにその相手への執着 があるのかもしれません。

どうしようもない異性への執着は、たとえば顔・体の造形が良い(イケメン・美女)」「財産を持っている」「子供を得たい」「ただ結婚して働きたくないなどなど、人それぞれに合った形の欲する対象があるのです。まずは、その執着や欲求に気づくことで、どうしようもない異性に対する交際・結婚などを避けることにつながる可能性が増えます。

つづき
……「快感を上手につかった賢い利己主義」
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2012.11.25 Sunday | Category[2]スピリチュアル:コラム | comments(1)

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2019.09.01 Sunday | Category- | -

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”エレメンタル” 見たことはないけど、あると思いますね。
”テレパシー” 当然ある!と思います。
| すみれさん | 2012/12/08 10:29 PM |










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