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スピリチュアル本は数限りなくあります。素晴らしい本を全て紹介し切れませんが一部をこちらで紹介します。こだわりは「百害あって一利なし」。読書が嫌いな方は以下のものを読んでもらえればスピは十分だと思います。

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〈スピリチュアリティの真実〉を感じにゆく
スピリチュアリティの真実スピリチュアルな事柄を真摯に探究している人なら誰でも知っていると言っても過言ではない霊的世界と科学を又に掛けて活動してきたパイオニア 本山博(MOTOYAMA Hiroshi)氏〔画像の書籍は本山先生の事を知りたい人に一番理解しやすいと思う著書〕。

先日ブログでも紹介した「本山博の仕事について」のシンポジウムを拝聴しに慶應義塾大三田キャンパスまで足を運んで来ました。私自身初めて東京の三田駅に降り立ちを初めて慶大三田キャンパス内に入りました。

本山先生の著書は全部とは言えないまでもほとんど読ませて頂いているのでシンポジウムに行って何か新しい真理が得られるぞと意気込んで行ったわけではありません。

とてもミーハーと言ってしまえばそうですが、本山先生を映像でも写真でもなく直に見て、声を聞いて、どんな人なのかを少しでも感じてみたいと思ったからでした。

それだけでなく、この講演には以前ブログで紹介している樫尾直樹(KASHIO Naoki)教授の名もプログラムに上がっていたので、本山先生と樫尾先生の話しを聴きに行ったという感じでもありました。

約5時間の講演だったので全てをまとめ切れませんが、登壇された4人の先生方の話をざっくりと紹介しておきます。

●樫尾直樹 教授の全体的話し
スピリチュアリティ革命―現代霊性文化と開かれた宗教の可能性スピリチュアル・ライフのすすめ (文春新書)まず樫尾先生は約3年前からヨーガと瞑想を取り入れた宗教学研究を行っている教授で、日本のアカデミズムのなかでは異端児と言ってもいい雑句把覧で頭の切れる方だと思います。樫尾先生は、とてもわかりやすい一つのたとえを掲げて説明しました。

 「料理を食べない料理研究家」
こういう者の言っている話しは信用できますか? 存在を認められますか? と問うわけです。もちろん、そんな者の言う事など誰も信じないし存在さえ認められないと。まあ、そんな人はいないと否定しつつ、こと宗教学に関しては、そんな学者達によって研究をされてきた歴史があると。

とてもわかりやすいたとえでした。そしてその問題点を解決するために宗教学者もまず座ってみなけりゃならないだろうと言うわけです。そこで重要だと教授になって気づいたのが学生時代に手に取って読んだ本山先生の著書だったと。

学生時代に読んだ時はトンデモ本だわ、と思っていたものが今読んでみると、とても深いことが書かれているという事が改めて分かって来たというわけで今は本山先生の著作集を全て読み直しながら公共的な霊性を研究している、という話でした。個人レヴェルでは坐禅・瞑想しましょう、集団レヴェルに働きかけるには便所掃除やゴミ拾い、ボランティアなどの利他行をしましょうと。

樫尾先生はヘミシンクなどもされたり、ほとんど試す実践的な方なのでもっと話しは深く出来そうでしたが、全体的にそういった形でまとめていました。

●影山教俊 住職の全体的な話し
影山先生の事は全く予備知識もなく初めて知ったのですが、元々は本山先生の大学で教えを受けて、今は日蓮宗の住職として弟子を指導する立場で本山先生から受けた教えに立脚しながら「気の研究」を行っているという話しでした。

ですが、現宗教界、仏教界では本山先生のような存在が全くメジャーにならず「気や経絡」の話しなども全く受け入れられない現状などを話されていて、これからの仏教界も変わっていかなければならないという気持ちを伝える立場で「机上の空論」の仏教哲学ではなく、実際に「天台小止観」のような伝統的な瞑想行を立脚した心身の癒しや心の救済をしてゆくべきではないかと、いう事を話されていました。インドから中国に伝わった経絡についても話されるようなパネルがありました。

自按摩」というキーワードを探っていたという話で本山先生の著書に答えがあったという話もされていたので先ほど少し検索してみましたら、影山先生のブログや論文らしきものが見つかりました。それの紹介をされていたのだと思いますから、そのリンクを貼っておきます。
祈りはエクスタシー
病を癒す・唱題行のプロセス
現行の沙弥校カリキュラムの実際とその実証的評価−修行による意識の変容プロセスを前提として−
研究ノート

●小林正弥 先生の全体的な話し
サンデル先生の哲学教室の解説をされている方だと紹介があったので、とても人前で話し慣れている印象を一番最初に受けました。この方も本山先生の著書を若き日に読んで、今でも読み直していると「先を行ったアイデア」などが発見できるとして本山先生の事を絶賛されていました。

小林先生の立場は、哲学のような非常に難解な命題を人々が真剣に考えることで新たな心の食育ではないですが、深く物事を考え自分の立場に立って考えることが、これからの地球社会、グローバライゼーションのスピリチュアリティに貢献できるのではないかと、そういった話しをされていました。

●本山博 先生の印象的な言葉
本当にざっくりですが、メモ帳も持参せずに気楽に聞いていたのでこの程度の話でしかまとめられていませんが、本題の本山博先生の話しはというと…実はご著書で述べられていることが大半でしたので割愛させて頂きます。私もそういった形になるだろうという気持ちでした。が言葉を思い出すと

ニブチン(本山博節 炸裂 会場大爆笑〔鈍い人〕)にはいくら気を送っても、まったく脳波や心拍数が変わらない
それに比べると瞑想などやって霊的なセンサーが敏感な人は少し送っただけで、その反応がでてくる

こんなに恵まれた日本に生まれた事を実感して感謝できないようなんではダメだよ

大きな視点を知るためには生きている国、自分の状況を全てひっくるめて考えて感じて探究実践しなければダメだという感じだと思います。
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2012.06.03 Sunday | Category[2]スピリチュアル:ちょっとした話 | comments(0)

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