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スピリチュアル本は数限りなくあります。素晴らしい本を全て紹介し切れませんが一部をこちらで紹介します。こだわりは「百害あって一利なし」。読書が嫌いな方は以下のものを読んでもらえればスピは十分だと思います。

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【健全な懐疑】スピリチュアル感覚を健全に探究する〈スピリチュアル懐疑者の道〉
スピリチュアル(霊的な事柄)に対して誠実な気持ちで“健全に疑う態度(健全な懐疑心)”を持つことは大切です。その意味で「健全な懐疑」のために思うままに記事を書いています。先日のおさらいは以下になります。
超能力・超常現象について(マジシャン信奉型 懐疑者)
超能力者と霊能者の違いを知る
超能力では説明できないスピリチュアル

今回は健全にスピリチュアル感覚を知るです。

スピリチュアルを不健全に疑う人々(不健全なスピ懐疑者・懐疑論者)のなかには、スピリチュアル感覚(ヌミノース)自体を懐疑し心のなかで否定する人がいます。

ヌミノースという言葉は、ドイツの高名な神学・宗教学者ルドルフ・オットー聖なるもの」「超自然感覚を言い表すために造語した言葉です。私達が鳥肌が立つような目に見えないフィールドを感じる感覚とでもいいましょうか。要はスピリチュアル感覚のことです。

オットー著『聖なるもの』は、スピリチュアルを嗜む健全な懐疑者は読んでおくことをすすめます。不健全な懐疑者スピリチュアル否定のマジシャンや不健全な懐疑論者の本しか読まずに学ぶ事を疎かにしている場合が多々ありますので、そうならないための一般スピリチュアル教養でもあります。

まず今回は、不健全なスピ懐疑者が陥る考えに焦点をあててから話をすすめてみたいと思います。不健全なスピ懐疑者は一般にスピリチュアルな体験や感覚をすべて妄想だと決めつけて見てしまう向きがあります。

ヒトの脳が進化した事によって心理的な面も進化し〈神〉や〈目に見えない偉大な存在(ヌミノース)〉を感じるのだ、とする論を展開する場合があります。

要は脳が物質的に進化しなければ、ヒトは神を感じないはずだという主張です。これに似た論は大体が脳科学・心理学をある程度知ったスピ懐疑者が抱く初歩的な考え方なのです。

こういった脳進化・心理進化論に拠った論理展開に私は懐疑的です。
脳進化・心理進化論に拠るスピ感覚否定の懐疑者に疑問を持ちます。

「脳が進化したからヒトはスピ感覚があるのか?」
「心が発達したからヒトはヌミノースを感じるのか?」

スピ感覚とは、どういったものか3つ例を紹介します。
・ 幼い子供が壁に向かって話しかけて笑っています
・ 幼い子供の隣で猫もそちらを向いて宙を見ています
・ チンパンジーが或る場所に来ると鳥肌を立てて興奮します

ヒト・動物、別け隔てなく何らかのヌミノースを地球上のどこかで感じているようなのです。それは脳進化・心理進化に関係しない動物にまで及んでいると観察することも可能です。そのスピ感覚をヒトは偉大な存在と言い表し動物は鳥肌を立てたりそちらを向くことで感じているようです。

スピ感覚・ヌミノースを安易に否定することは「健全なスピ懐疑者」は慎まなければいけません。アメリカの思想家ケン・ウィルバーは、この目に見えないヌミノースを感じる「霊性圏」を見たり感じる感覚を「観照の眼」という言葉で表現しています。要はスピ感覚は知性によらない」「スピ感覚は赤子でも感じるという論です。

スピリチュアル感覚(ヌミノース)を感じるのはヒトだけ?

健全な懐疑者は上記の言葉を自問してみる価値はあります。

【過去に読んだ本の中から】
聖なるもの―神的なものの観念における非合理的なもの、および合理的なものとそれとの関係について 聖なるもの―神的なものの観念における非合理的なもの、および合理的なものとそれとの関係について
ルードルフ オットー Rudolf Otto 華園 聰麿

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聖地感覚 聖地感覚
鎌田 東二

角川学芸出版 2008-09-26
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【ヌミノースの参考になるかもしれない外部サイト】
松田 真理子 准教授
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スピリチュアルな想いを形に
2012.01.30 Monday | Category[2]スピリチュアル:健全な懐疑 | comments(1)

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スピリチュアルな想いを形に
2020.05.17 Sunday | Category- | -

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はじめまして。ワンネスを調べてて、辿り着きました。
私が見たはじまりと終わりの瞬間というスピ体験は、ニューエージなのか?と。笑
ケンウィルパー系のワークショップに一度だけ参加した事がありますが、
自己啓発のワークショップなんだけれど、参加しているのは、
ふわふわスピな感じで、懐疑的不思議ちゃんな私には、合いませんでした。苦笑

が、スピ体験は、赤子でもする。それはそう思いますね。
特別な誰かだけが持っている感覚ではない。と私は思います。
スピの世界では、どこか乖離してしまっている感覚が私にはあります。
誰かをあがめるスタイルに近い状況がネットの各地で生まれている気配も見えたり。

健全な懐疑・・。この言葉ばかうけしてしまいました。
不思議体験をよくするけれど、でも、懐疑的な見方をする自分が一方でいます。
ある種妄想の世界。だけれど、自分には体験を伴っている。
これが何なのか?知りたい。スピの世界に入って、そう思いました。
けど、入ってみて思ったのは、裏がある世界かも?

私自身、探究する事から不思議な体験を色々する人なのですが、
ワンネスとも少し違うのですが・・、
わたしたちは、全てでひとつだったんだ!という感じでしょうか。
それがものすごく腑に落ちるんですよね。
架空の世界かもしれませんが、その世界が、映像として見えてしまうのは、
物理的次元ではない世界に、存在するという自分の中での確信に近い体験をしました。

わたしたち、みんなでひとつだよっ!を探究すれば探究するほど。
自分の中で、スピでも自己啓発でも宗教でも?腑に落ちる事だらけなんですよね。

日本で言われているワンネスというのは、分離した視点から見ているので、
おかしな事になったのではないか?とも思います。

〜である状態。というよりも、ひとつなんだってば!本当に。
思い込みといえば、思い込みなのかもしれませんが、
ひとつという事を思い出したら、揺るがなくなったのは事実です。笑

話変わりますが・・
何でもそうなのですが、どんな言葉でも、どんな行いでも、
それを裏意図を持って利用すれば、同じ事ではないか?と思います。
ワンネスでも、アセンションでも。
裏を隠して、キレイな事を全面に出すから、歪んだ世界ができるのではないか?
とよく思うんですよね。

スピの世界の中には、裏意図を持って操る。という手法に丈ている人も多いです。
話術とスピ能力を悪用する。という感じでしょうか。
そういうのを見極める目を持つ事を投げかけていらっしゃるブログがあって、
ほっとしました。笑

スピの探究をすればするほど、この不思議な現象は何?と探究すればするほど、
不思議な現象がよく起きるのと、自分自身が生きやすくなることと、
どんな今でも楽しめたり。
自分にとって、苦を通り過ぎたときに、現れる事がたくさんあり、
通り過ぎてはじめて、こういうことだったんだ。と理解して、
そのサイクルが楽しくなると、陰?闇?苦?と言われる状況って、ありがたいと思います。

おめでたいと言えば、おめでたい思考ですが、そういうのもありなのではないか?
全てがひとつの世界が存在している。というのを不思議体験で、見ちゃった私には、
ワンネスでも、アセンションでも・・ありなのかもしれない。
それによって、誰かが生きやすくなったり、笑って今を楽しめるのではあれば。
と最近思います。

どんな情報を選ぶのか?は、その人の成長の度合い次第の世界の事かも。
と思います。
| ianさん | 2012/02/08 10:38 AM |










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