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『解き明かされた死海文書』【書籍紹介コラム】
解き明かされた死海文書紀元前世界の古代文書が発見され、その内容が「ユダヤ教とキリスト教に関わる重要なもの」となると、それを源泉にした“妄想”が湧くのが世の常。

“新奇な仮説”を学者がひとつ唱えメディアが煽れば一般読者がそれに影響され、続けとばかりに“誇大妄想”が膨らみます。本書タイトル『解き明かされた死海文書』にある“Dead Sea Scrolls”死海文書:巻物)が世界に与えた影響はもの凄いもので「陰謀論」「オカルト論」等さまざまな話題が今も活発です。

「死海文書」は日本にも影響を与えオカルトチックなアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』という作品を生み出させもしています。それほど影響を与えた「死海文書」ですが、一般的にそれが何なのかあまり知られていません(もちろんアニメファンもまったく知りません)。

私はキプロスの霊的能力者ダスカロスの繋がりで「エッセネ派」「クムラン」に興味を惹かれ調べています。ダスカロスがエッセネ派について言及していたことから、古代イスラエルの哲学[神学、形而上学]のことも調べないといけないと感じ、それらの本『ユダヤ哲学』やアレクサンドリアのフィロンマイモニデス等々にも当たってきました。「興味があったら読んでみて下さい」としかいえない難解過ぎてブログで紹介できない文献ばかり、学術書なので頁数の割に値が高い…です(以下、以外にも多数…)。
ユダヤ哲学―聖書時代からフランツ・ローゼンツヴァイクに至る ユダヤ哲学―聖書時代からフランツ・ローゼンツヴァイクに至る
ユリウス グットマン Julius Guttmann

みすず書房 2000


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アレクサンドリアのフィロン入門 アレクサンドリアのフィロン入門
E.R. グッドイナフ Erwin R. Goodenough

教文館 1994


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世界の創造 (ユダヤ古典叢書) 世界の創造 (ユダヤ古典叢書)
アレクサンドリアのフィロン 野町 啓

教文館 2007


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観想的生活・自由論 (ユダヤ古典叢書) 観想的生活・自由論 (ユダヤ古典叢書)
アレクサンドリアのフィロン 土岐 健治

教文館 2004


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オカルト系・スピリチュアル系傾倒の人歴史学や聖書学、考古学術界の成果・新発見を「無視」する傾向が強く超常的能力者の言葉を鵜呑みにする人達が少なくありません。ダスカロスに限らずエドガー・ケイシー、シュタイナー等、霊能的権威はたくさんいます。オカルト系ではエッセネ派について自由に語っているようで、薔薇十字団(オカルト秘密結社)の流れで語られたりすることもあるようですが、本書で明らかにされている最新発見を読む限りではオカルト系の説には誤りがあるように感じています。そのような視点を持って本書を眺めれば興味の湧かない歴史的な古文書の研究にも面白い発見もあるかもしれません。

さて、死海文書とは「死海に面する“クムラン”と呼ばれる場所にある宗教的共同体住居跡のそば、11箇所の洞穴から発見された古代イスラエルの写本群」です。それらの写本群の内訳はユダヤ教の聖書(パレスチナのユダヤ人の聖なる経典)アポクリュフォン(ギリシア語を話すユダヤ人社会でヘブライ語聖書に付加された書物)偽典(ヘブライ語ないしアラム語で書かれ、大きな影響力を及ぼしたユダヤ人の宗教文書であるが、パレスチナないしギリシア語圏のユダヤ人の聖書には参入できなかったもの)の三種類。上記をみて把握できるように死海文書を洞穴の書棚に保管していた宗団は「ユダヤ教の訓えを柱」にした者達でした。

死海文書を洞穴に保管していた者達は「クムラン」に住む宗教的な集団だったという話が一般的です。「要塞都市クムラン」とWikiで書かれ、それがネット上に伝播しているようですがクムランは「修道的共同住居」と呼ばれるほどのスケールの「修道院」のようなもので高野山や永平寺のような場所です。学術界でも修道施設の説が一般的で、その使用者はエッセネ派の一分派だったという考えが最も濃厚だそうです。

ユダヤ教宗派は「サドカイ派」「ファリサイ派」「エッセネ派」、そしてユダヤ民族主義の「ゼロータイ主義」4つだったと当時の歴史家が書き遺しています。ゼロータイ主義[熱心党]は今でいう原理主義の過激派だと思っていいです。一個人の思想は単純ではないのでサドカイ派ゼロータイ運動家エッセネ派ゼロータイ運動家も存在したことだろうと思います。

そしてクムランを使用していたのはエッセネ派に属する禁欲的な一分派「女人禁制」「非結婚」「非性交」を徹底した修道者達。エッセネ派のなかにも「結婚」「性交」を行っていた者達(一般信徒?)もいるそうなのでクムランのエッセネ派は相当に禁欲的な男達の集団だったようです。排他的なエリート僧団だといわれています。

また死海文書を遺した禁欲的エリート主義の傾向が強いクムランのエッセネ派は、面白いことにユダヤ教の主流とは異なった神学的思想を持っていたようです。本書から引用すれば…
サドカイ派は天使と、いかなる形の死後の生をも信じていなかったことは明らかだと思われるのだが、死海巻物は天使に関する記述を多く含んでおり、ある種の死後の復活という観念、おそらくは身体的な復活というよりはむしろ精神的な甦りという思想には異を唱えていない。(p.229)
「生まれ変わり」説のように聞こえるが、そういう訳ではないらしい。
続きの引用でそのことに触れています。
エッセネ派の終末論に言及しているのはヨセフスだけであり、信徒たちは死後に甦った魂が永遠の喜びか、果てしない責め苦のいずれかに運命づけられていることを信じていたと書き残している。身体的な復活にはまったく言及されていないのだが、そうした概念は、肉体とは魂がその中に囚えられている牢獄であり、現世における生活から解き放たれることを切望していた魂は、死後において物質から解放された自由を喜び得る、と考えた人たちにとってほとんど無縁だったに違いない。(p.236)
イエスの身体的な復活を語った後の新約聖書との教義的な違いを述べている部分。極楽か地獄かの観念があった。魂が精神的に天国か地獄に転送されるといった考えで「終末論」を考えても仕方ないとエッセネ派の小分派は考えていたのかも。

結婚を認めていなかったエッセネ派の信徒たちが主要な集団を形成しており、それを認めていた信徒たちはさほど重要ではない一分派だったという印象を持つ。結婚を認めていた信徒たちの方が優勢だったことを示しているクムランの数多くの証拠資料・物件はそれとは逆の考え方、つまり「ダマスコ」宗派の信奉者たちはその宗教運動の大勢を代表していたにもかかわらず、独身主義を貫いていたクムランのエリート集団の名声は遥か彼方まで鳴り響いたことを示唆している。(中略)ユダヤ人弁証家であるフィロンとヨセフスとしてみれば、知識に飢えていたギリシア‐ローマの読者たちに独身主義というこの概念を伝達し、エッセネ派の信徒たちをユダヤの宗教的な名士として提示することをこの上ない喜びとしないわけにはいかなかったのである。(p.245)
ユダヤ人のなかにもこんなスゴイ集団がいるんだぞ的な気持ちがあったのではないかという話。その気持は日本人としても素晴らしい日本人がいると自慢したくなるのと同じなので同感です。

本著者ゲザ・ヴェルメシ[ゲザ・ヴェルメシュ](Geza Vermes)は「死海巻物を英語で書いた人(p.290)」として学術界で知られる最古参に位置する研究者。近々『The Complete Dead Sea Scrolls in English』という最新版の訳書も出版予定のようです。

その古老が一般読者向けに「娯楽的で有益な情報に富んだ記録(p.291)」として“死海文書の発見から最新の考察までを概説”するために書いたものが本書『解き明かされた死海文書』です。たしかに欧米メディア(BBC、タイムズ、等々)を騒がす「陰謀論」に言及する場面もあり学術的ではなく読後感は「歴史書研究のドキュメンタリー番組を観ているかのよう」な印象を受けます。

第1部では、死海文書を取り巻く国際情勢、初期の研究方法の不手際や問題点が語られておりヴェルメシ博士の個人的な見解が明らかにされています。この部分をざっと読むだけでも様々な問題が山積していた研究過程の歴史が概観できます。

第2部は、死海文書が何なのかを知りたい読者にとって最良の概説書となっています。今現在に至るまで様々な学者達が唱えた説(新奇な仮説)を列挙した上でそれらについて考察がされ明らかに誤った説には学術的な見地からみた批判が述べられています。

最も一般的に興味がある初期キリスト教とクムランについての考察では
クムラン巻物とキリスト教文書の同一視に真っ先に反証することが良識である。これらの写本にざっと目を通しただけで、(中略)クムランの巻物と新約聖書は基本的に別個のものであることが明らかだからである。クムランの人々は、なによりもまずモーセの律法を(中略)遵守することに重きを置いており、(中略)義の教師が帯びている祭司としての性格に関する(中略)情報は限られているとはいえ、(中略)福音書が描き出している、ガリラヤの治癒者や悪魔払いの祈祷師というイエス像とは符合しない。事実、クムランにはガリラヤと関連づけられるものは、いかなるものであれ、存在していない。そればかりか年代学から見ても難点がある。(中略)クムラン文書のうちキリスト教に関わりがあるとしてもっとも頻繁に典拠として挙げられているダマスコ文書とハバクク書註解は、ほとんどすべての専門家によってキリスト教以前の時代のものだと認められている。(p.269)
と述べています。

これから死海文書に興味を持って調べ物をしたいと考えている読者にとっては貴重な文献となるでしょう。

内容が素晴らしい本書には、ひとつだけ問題もあるので最後にその部分だけ書いておくと「訳」が恐らく「直訳」であることです。英語特有の言葉を邦訳されると、どうもシックリ来ない部分が散見されます。その最もな部分はこういったもの「デュポン=ソメールはカトリック教会の鳩であるドゥ・ヴォーや彼の編集委員会の中に争い好きの猫を差し向けたのである。(p.79)」。「疑い深いトマス(doubting Thomas)」と同じような諺なのかわかりませんが…「争い好きの猫」と「鳩」ってどういう意味でしょう。

【追記】 上記の疑問にフォロワーさんが応えて教えてくれました。「Cat Among the Pigeons(鳩のなかの猫)」じゃないかと「騒動を巻き起こす」というニュアンスじゃないか。そういう意味のものらしいです。
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2011.11.19 Saturday | Category[2]スピリチュアル:ユダヤ哲学 カバラー | comments(0)

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