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スピリチュアルな想いを形に
2019.06.02 Sunday | Category- | -

クリシュナムルティ・目覚めの時代 【記事紹介】

上記の本は万人向けじゃありません。
普段は隠している本心を明かします。

20世紀(西暦1901〜2000年)
世界に霊的な賢人を数多く輩出しました。

この2人の存在を知って(出会って)
もし“目が覚めない人”がいたとしたら、
もう相当ダメなんじゃないかと
幼子のように真っ直ぐ眼を見据えて言いたい。

2人の名を知らないなら知りなさい。
まだ遅くはないから…

1人目はジドゥ クリシュナムルティ
“世界教師”と呼ばれた〈器〉、伝説の賢人。
ダライ‐ラマ14世も「クリシュナムルティ!」と声をあげる。
2人目はスティリアノス アテシュリス(ダスカロス)
キプロスの伝説的な霊的ヒーラーの賢人。

20世紀に存在した〈偉大な魂〉
人々を「目覚めさせる」2つの炎

私は科学唯物主義を暗愚過ぎだと思っている。
陰湿皮肉な懐疑主義を愚鈍過ぎだと思っている。
世界を感じられない幼稚な魂だからだ。
「マジで気づかないの!?」と。

私は何度も何度も彼らの炎の熱を感じる。
幼稚な魂は彼らの言葉に触れても何も感じない。
字面通りに読むだけで存在を感じられない。

私は文字にして伝え切れないもどかしさがある。
「彼らを感じられないのか? 本当に!?」
21世紀に入って11年経ったのに…
今からでも彼らに出会ってみるべきだ。
感じたからと言ってエリートになるわけでも
知的な何かが得られるわけでもない。

彼らの存在を感じて「ハッ」とする時が何度もある。
私も彼らを誤解した時もあった。

しかし常に「何か感じたか?」
と問いかけていた。

クリシュナムルティダスカロスは共存し得る。
ブッダでありキリストを感じさせる〈器〉の存在だ。


スピリチュアルな世界の人達がいまだに抱えている問題。神智学協会の信じるマスターたちやその他のオカルト大聖同胞団(グレート・ホワイト・ブラザーフッド)をクリシュナムルティが信じているのかいないのか?ということに対して公式な回答を与えた部分を最後に長文で抜粋する。
 私が子供の頃[と彼は言った]、私はヒンドゥー教徒によって描き出されているように、笛を携えたシュリ・クリシュナにしばしば出会いました。私の母はシュリ・クリシュナの熱愛者だったのです。……成長してリードビーター司教や神智学協会の人々と出会ってからは……またもや私の想う形で、彼らの見解そのままの姿をしたマスター・クートフーミに会うようになりました。ですから、マスター・クートフーミは私にとっての目的だったのです。さらに成長するにつれて、私はロード・マイトレーヤーに会うようになりました。それは二年前のことで、彼はいつも、私が教えられたとおりの姿で現われるのです。……さて、最近よく会うのはブッダであり、〈彼〉とともにあることは私の歓びであり、栄光でした。〈愛するもの〉というのは何を意味するのか、とよく訊ねられます。私はその意味を述べ、説明いたしましょう。あなたがたがそれをどう解釈なさろうと自由です。私にとって、それはすべてなのです。それはシュリ・クリシュナであり、マスター・クートフーミであり、ロード・マイトレーヤーであり、ブッダであり――しかもなお、それらすべてを超越した存在なのです。あなたがたがどんな名前をつけようと関係ありません。……あなたがたが困惑しているのは、ある特定の、クリシュナムルティという人間の肉体に顕現した〈世界教師〉というような人物が、はたしているのかいないのかということです。しかし世間では、誰もこんな問題で悩んだりはしないでしょう。ですから、〈愛するもの〉について話す際の私の見解はおわかりでしょう。私が説明しなければならないというのは残念なことですが、しなければなりません。私はそれを可能なかぎり曖昧にしたいと思っており、今までそうしてこられたと思っています。私の〈愛するもの〉は開けた空であり、花であり、すべての人間なのです。……不当に興奮したり、他入を納得させるために誇張したりしないで、私は〈愛するもの〉とひとつだということを確実に言えるようになるまで、話をしなかったのです。私はあなたがたが望むことを曖昧に一般化して話してきたのです。私は「私が〈世界教師〉である」とはけっして言いませんでした。しかし今、私は私の〈愛するもの〉とひとつだと感じます。私の権威を押しつけて、私の偉大さ、〈世界教師〉の偉大さ、あるいは生命の美の偉大さなどをあなたがたに確認させるためではなく、ただ、あなたがたの心情の中に、そしてあなたがたご自身の精神の中に、〈真理〉を求めようとする欲望を目覚めさせるために、私は言うのです。もし私が、私はその〈愛するもの〉とひとつであると言うならば――そして私はそう言うつもりですが――それは、私がそれを感じ、知っているからです。私は私が切望していたものを見出し、ひとつになったので、今後は何も分離もないでしょう。なぜなら私の考え、私の欲望、私の切望――そういった個人的な自己――は破壊されたからです。……私は、朝の大気に香りを放つ花のようなものです。それは、誰がそばを通り過ぎようといっさい気にかけません。……今までは、あなた権威として二人の「教団の保護者」[ベサント夫人とリードビーター]、つまりあなたがたに〈真理〉を語ってくれる誰か他の人に依存してきましたが、しかし〈真理〉はあなたがたの内にあるのです。ご自身の心の中、ご自身の体験の中に、あなたがたは〈真理〉を見出すでしょう。そしてそれが唯一の価値あるものなのです。……私の目的は、権威、すなわちクリシュナムルティの個性の中に顕現したものについての論議を生み出すことではなく、あなたがたの悲しみ、あなたがたの些細な暴虐、あなたがたの限界性を洗い流す水を与えることです。あなたがたが自由になれるように、あなたがたがついには、限界のない、〈愛するもの〉が住まう大洋と合流できるように……。その水があなたがたの渇きを癒せるのであれば、どんなグラスからその水を飲むかということが本質的な問題になるのでしょうか……私は〈愛するもの〉とひとつになっているので、〈愛するもの〉と私はともに地上をさまようでしょう。……〈愛するもの〉とは誰か、などと私に訊くのはよくないことです。説明して何の役にたつというのですか?なぜなら、あらゆる動物、あらゆる木の葉、あらゆる苦悩する人たち、あらゆる個人の中に〈愛するもの〉を見ることができるまでは、〈愛するもの〉を理解することはできないからです。

『クリシュナムルティ・目覚めの時代』p485-487

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2011.04.07 Thursday | Category[4]霊的偉人:クリシュナムルティ | comments(1)

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コメント[2011/04/14 12:45 PM]は承認規定により承認出来ません。
http://teruterulog.jugem.jp/?eid=389
| 管理者さん | 2011/05/09 11:17 PM |










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