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スピリチュアル本は数限りなくあります。素晴らしい本を全て紹介し切れませんが一部をこちらで紹介します。こだわりは「百害あって一利なし」。読書が嫌いな方は以下のものを読んでもらえればスピは十分だと思います。

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スピリチュアル呪術とアマテラス
原始キリスト教とグノーシス主義禁じられた福音書―ナグ・ハマディ文書の解明アレクサンドリアのフィロン―著作・思想・生涯ジーザス・クライストばかり「架空」だと断定してしまって申し訳ないので、神道に含まれる事情についても話してしまおうと思います。

この記事はスピリチュアルマスター達の語っている事を鵜呑みにせず霊的権威主義に陥らないよう様々に調べ思索した結果の話です。グノーシス、原始キリスト教、原始ユダヤ教の文献など様々なものを読んで来ています。

滝沢克己の世界・インマヌエルグノーシス主義の思想―“父”というフィクション 先日の記事でも書きました通りジーザスとアマテラス」という〈〉はフィクションです。ジーザス神であり人である存在=神人とされていますが、これはユダヤ教を信奉する新派の司祭らによって創作された教義・哲学的に考えられた空想の人物です。空想の人物という事が感じる事ができれば、古代からの呪縛からひとつ解放される事にもつながると思います。

破綻した神キリスト捏造された聖書ジーザスの存在については、未だに神学、哲学、スピリチュアリズム、ニューエイジ、オカルトなどで思想的に食い違った議論がされています。それらすべてのジーザス論は、お伽話の解釈(神がなぜ人間界に生まれたのかを考える事が好きな人たちの愉しみ)に過ぎません。

ジーザス信仰に固執した人の事を私はこう表現します。
ジーザスが支配する世界に魂を惹かれた人間たち
* Ζガンダムの台詞からのオマージュ

ジーザスの呪縛から早々に脱出し飛翔しまいましょう。

こうした精神段階の事をケン・ウィルバーは「神話的合理性段階」と呼んでいます。この神話という言葉は、そのままの「神話」という意味だけではなく広い意味が含まれています。例えば、現代の最先端科学を無批判に信じている「科学」信奉者なども、この段階に含まれるわけです。

『インテグラル理論I』
から解説を抜粋します。
インテグラル理論入門I 神話の信奉者は、神話の正当性を外部に向けて必死に主張しようとします。それは当然のことです。外部の批判を受けて、その正当性が崩壊したとき、それはそのまま自己の存在の基盤を失うことになるのですから、この段階では、あらゆる資源と能力を動員して、自らの信奉する神話を擁護しようとします。
 こうした行動の特徴を踏まえて、インテグラル理論では、この発達段階を「神話的合理性段階」(Mythic-rational stage)と表現します。それは「神話」を信奉し、それを自己の存在の基盤とする意識、そして、「神話」の正当性を「論理的」に主張しようとするこの段階の傾向を示したものです。
 ここで重要なことは、神話の内容ではなく、その人の「神話」との関係の持ち方――あるいは神話に対する執着の度合――に着目するということです。もしかしたら、彼の神話は先端科学の研究成果を反映した非常に洗練されたものかもしれません。それは、必ずしも「神話」ということばを耳にするときに想起されるような「宗教的」なものではないかもしれません。むしろ、重要なことは、「真実」として信奉している内容に対して、その人がどのような関係を維持しているかということです。
 神話的合理性段階においては、自らが真実として信奉する世界観や価値観の内容を改めて検証することを避ける傾向にあります。それは、検証を通じて、もし信奉する世界観・価値観が誤っていることに気づいたとき、その人の存在の根底が大きく揺さぶられてしまうからです。ですからそこには大きな恐怖が潜んでいます。そして、そうした恐怖感を拭うために、懸命に自らの神話の正当性を主張しようとするのです。時として、異なる神話を信奉する者が周囲に存在していること自体が、自己の神話の正当性を脅かすように感じられます。そのため神話的合理性段階の人々は、精力的に他者を自分の価値観に引き込もうとします。すなわち「改宗」させようとするのです。
 今日の人類は、総体的に見て、この神話的合理性段階にあるといわれます。

『インテグラル理論I』より
唯物論でも唯心論でも…
無批判に受け入れている状態は健全ではありません。

さて、それを踏まえ神話に登場するアマテラスという《神》も検討しましょう。アマテラスとは日本の支配階級が国家を成立させる為に日本各地の各部族が持っていた神話の「シンボルとしていた神」(部族神)撚り合わせて創った「最高位神」です。要は「この神は全ての神が融合したものだからスゴイぞ!」という感じ。各部族が信仰していた「シンボル=部族神」を統合して「アマテラス」を創ったわけです。日本て何でも融合させちゃうの好きですよね。

もう分かってきたと思います。

ジーザスを信仰してもアマテラスを信仰しても、どちらでも構わないと思いますが、どちらを信仰しようとも転生する魂が「選んだ人生」は変わりません。ジーザスを何十万回唱えようとアマテラスを何十万回唱えようと、運が良くなるわけでも幸せになるわけでもありません。

神は至る所に存在します
腐臭漂う死体のかたわらに
芳香漂うバラの花弁に
都会の雑踏の中に
涼やかな風が吹く渓谷に
正邪の神など存在しません
人の”妄想”でしかありません
神は存在しません

この単純な事を知らない人は、如何わしい霊能者のすすめる偶像・御札・神体を祭り祝詞や呪文を唱えます。その様なものは迷信じみた呪術でしかありません。スピリチュアル呪術は出来るだけ早く手放す方が良いです。方便として行うなら良いですが…。

できれば生きているうちに「あぁ…あんな事をしていたのは馬鹿だった…」と自己観察し賢明な心を磨きましょう。冷徹な自身が裁定を下す前に自らの生き方や行動を観察しておくほうが無意味な祝詞や呪文を行うよりも重要です。
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2010.08.31 Tuesday | Category[2]スピリチュアル:コラム | comments(1)

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こんばんは、Teru Sun。
祈る場所があるということは、とても大切なことだと実感しています。
ただ、祈る相手が頭上にいる(ご先祖様をのぞきます)と信じるとき、裏にあるのは恐怖心だということも、よくわかります。何かにすがりたい時は誰にでもあります。それでも、生きていくのは自分なのだから、うまく言えないのですが、自分を信じ、祈るという感じでしょうか。そういう祈りの場を作るために、いろんな宗教が、いろんなグッズやらを販売して各宗教ほくほく、こっちもニッコリなんでしょうかね。持ちつ持たれつってところでしょうか。
| cozaさん | 2011/12/30 2:03 AM |










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