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スピリチュアルな想いを形に
2019.06.02 Sunday | Category- | -

〈本物の天使論〉ジャン・ギトンの著作から〈2〉
前回、前々回の記事を読んでいない方には理解できないと思うので、リンク先である以下2つを読んでから、こちらに来て頂ければと思う。

私自身のこれまでの探究に筋道を与えた、これまでの復習のための記事掲載でもある。
1.〈本物の天使論〉滝沢克己の著作から
2.〈本物の天使論〉ジャン・ギトンの著作から
 滝沢論稿に「自然的神学は、人が人だけで存在するかの如く前提しておいて、それで人間学的なこと、理性論というようなことを論じ、最後に解決のつかない所を、学問とはかけ離れた、本当に知ることの不可能な啓示に託す、それを信ずる、信ずる決心をする、ということになる。」と述べられている所があった。これは何もない所に「人が」ただぽつんと「人だけで存在する」ということを前提にして物事を考えるという“自然的神学”が、およそ見当違いな前提を建てていると批判しているのである。そのように「ただ単に存在する」というような“人”はどこにもいないと。

 滝沢は、世界の天才数学者・岡潔(1901~1978 京都大学時代の岡の講義を受けた湯川秀樹、朝永振一郎は「物理の授業よりよほど刺激的だった」と述べている)とカール・バルトを引き合いに出して、ある日突然の「発見」の重大さを述べ、その上でバルトが発見したインマヌエルの原事実、即ち「神我らと共に在(いま)という原事実」の根源的な基底宇宙の全ての存在についてあるということを述べたのである。一言にして言えば、神に根底・根基を持たないない人など、宇宙の何処を探しても一人もいない、ということである。それが滝沢の言う「インマヌエル=神我らと共に在す」の原事実である。

 従って、例えば、 実存(現実存在)という言葉を立てておいて、「気がついてみれば私はこの世界に投げ出されていた、即ち私はまず現在する。世界の全てはそこから始まる。」等という“実存主義”は、ただ単に存在を空想しているだけだと断罪するのであり、これは極めて明快な宣言である。人間や“自然” が先にあるのではない。全てが「神と共に在る」のだと言う。

 滝沢の論述の意図は、そこにあるから、これを念頭に於いて先の彼の天使論を今一度読み返して頂きたい。

では、本日の稿、ジャン・ギトンの天使論の続編を記して行こう。本論に入る前に、天使の絵として名高いフラ・アンジェリコ(1387~1455年)の「受胎告知」を紹介しておこう。ここには、聖母マリアがキリストを身籠ることを告げに来た大天使ガブリエルの姿が描かれている。

フラ・アンジェリコ 「受胎告知」
 
サン・マルコ美術館蔵

pict 時々こんなことを考える。たとえばこの地上の夜を俳徊しながら、誰にも手の触れることの出来ない存在、人々のいう「超俗的な」存在とは、おそらく地上を訪れる天使ではあるまいか、……と。そして空に散りばめられた星を見る時、無数の天使を想像する。そんなとき私はおまえが一人ぼっちでいるとは信じられない。

 おまえは一人なのか? それとも大勢なのか? 天使は一体何人いるのかね? 私は天使達が一つの小さな軍団をつくっていると、つい思ってしまう。智天使(ちてんし)ケルビン、熾天使(してんし)セラフィム、座天使(ざてんし)トローヌ、主天使(しゅてんし)ドミナシオン……典礼書を読むと、そうしたたくさんの天使をついあれこれ想像してしまう! カトリーヌ・ド・ジェーヌ[1447~1510 ジェノア出身の聖女]は天使を次のように叙述している。「顔はいずれも美しく、明るく、目は優しく、清らかに澄み、私も思わず微笑まずにはいられなかった。」

おまえの存在を疑い始めたとき、ソルボンヌで美学を教えている同僚エチエンヌ・スリオがこう言った。「君はキリスト教徒として、天使を信じようとしている。君はもっと理性を使って信じなければならない。だって僕は理性を通して天使がいるという結論に達したのだから。

「僕は象徴とか、典礼とか、詩句とか、功績とかを超えて究極の意義、観念、関係を求めて来た。」

「おそらくどの大陸にも、どの国民にも、どの地方にも、どんな人生にも、どんな個人の運命にも、そしてたぶん過ぎ行くどんな瞬間にも天使は存在する。

 天使の聖務を定義するのにもっとも正確な言葉を求めるならば、「守る」という語しか私には見つからない。それがおまえに与えられた任務である。つまり天使は人間を守るのだ。私の本の読者がお分かりのように、私は絶えず時間のなかに「永遠」があることを認め、これを証明しようと(ちょうどスピノザがしたように)し、さらに(よりいっそう珍しいことに)どうして永遠のなかに時間が存在するかを研究している。 また天使が天国の世界と地上の世界との「連絡係り」だとするならば、私の思想はいくたびも天使と挨拶を交わしたことも、御理解いただけよう。

 私が思い浮かべるおまえは、いつも忙しそうにさまざまなメッセージを結びつけ、調和させ、マルト・ロバンの言葉を借りるならば「永遠の愛と統一において」一体化させようとして働いている。

 おお、我が天使、私を守り給え。

『心から心へ』P33
「我が守護天使への手紙」から
 ソルボンヌ大学で美学を教えている人の言葉は凄いですね。芸術家というのは通常、感覚的な世界で生きていると見られているのですが、天使の存在を理性によって確信したのだというのです。 これは数学という論理の世界を、感覚によって突破した岡潔とは全く逆に見えます。

 私達が真実、真理に到達するかどうかというのは、ひとえに優れた人物と出会うかどうかにかかっているのです。「自分は偉い」と気張っていることほど愚かなことはありません。

おわかり頂けましたか? アマゾンの、たった1円の本の中に、あなたの重大な転換点があることを。

人生を歩む上で、どのような人物(著者)に出会ったかで、その人生が聖なる時間となるか、逆に俗にまみれた時間になるか、それは一瞬一瞬の選択にかかってくるのだと知らされる。UFO、アセンション、宇宙人、チャネラーなどにかまけている時間などないのだと、まず気づくことだと。

そのような無駄な時間を過ごすことに夢中になってはいけない。私達、一人一人の人生、命の時間というものは砂時計の砂が落ちてゆくように日々消費されている。その短い人生のなかで、どのような本に出会うかを決めるのは、あなたの意識、気持ち次第である。
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2009.03.05 Thursday | Category[2]スピリチュアル:天使について | comments(0)

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