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〈本物の天使論〉ジャン・ギトンの著作から
前回の記事を読んでいない方には理解できないと思うので、リンク先である「〈本物の天使論〉滝沢克己の著作から」を読んでから、こちらに来て頂ければと思う。自身のこれまでの探究に筋道を与えたものの、ひとつの復習のための記事掲載でもある。
 かつて日本を占領した連合軍の最高司令官マッカーサーは、日本人の精神年齢は13才くらいだと言った。また経済発展をしていたバブル期には、日本人はエコノミック・アニマル だと言われた。

 このように言われても、日本人は、この言葉の意味の内実がほとんど分からないようだ。言うまでもなく、それは「文化レベルが低い」ということで、アニマル、つまり動物と変わらないという意味である。 これに対してほとんどの人は「全く不当な評価で、日本人の精神性を何もわかっちゃいない」と言うだろう。

 しかし、このように言うことこそ「井の中の蛙(かわず) 」ということなのだ。その証拠を、ここでお目にかけるとしよう。

 今日紹介するのはフランスの知識人の代表 、アカデミー・フランセーズの会員で20世紀最後の哲学者ジャン・ギトンの著書『心から心へ』なのだが、この素晴らしい本がアマゾンの中古で、たった1円で売られているのである(定価1835円)。それも昨日の時点で23冊も売られているのだ。買う人にとっては都合がいいのだが、この本を読むほどの人が、かくも少なく、しかもタダ同然で売られていることには驚くほかはない。 恐らく、この本の価値を理解する人は日本にも沢山いるに違いないと思う。しかし、この著者のことを知る人が、かくも少ないことこそ、日本人の文化レベルを如実に証明しているのである。 このように私が言う意味が分からないとしたら、それこそが欧米人がアニマルと言う証明に他ならないと思って欲しい。私も日本人だから同胞のことを悪くは言いたくはない。

でも現実は、かくのこどく「あんまり」なのである。

何だか、前置きが随分長くなってしまった。ではジャン・ギトン氏の天使論についての叙述を始めよう。
 かつて教理問答においてある人が、私には「守護天使」がいると言った。私もまた長い人生において常に、巧みで注意深い守護者が、その翼で私を守っているような気持ちを抱き続けた。翼は時とともに変わったが、今なお存在し、私はそれが私に触れるのを感じる。

 《中略》

pict[天使よ]おまえは一体誰なのか? おまえが男なのか、それとも女なのか、私には分からない。私にとっておまえのイメージとはレオナルド・ダ・ヴィンチの描いた「おとこおんな」つまりアンドロジーヌ(=アントローボス)だ(注・モナリザの微笑の絵のこと)。彼は常にこの男であると同時に女である両性具有者の存在を描き続けた。

 私もおまえを両性として想像する。おまえはたとえばドラクロワに描かれた(ヤコブを倒そうとする)天使、優しさと力強さを備えた天使だ。おまえの翼は大きく、おまえの髪は光に輝き、おまえの顔は光の中から発するもう一つの光だ。私にはおまえの腕も、掌もまったく見えない。おまえは一つの炎だ。しかもおまえは絶えず笑っている。彫刻家達がおまえを石のなかに表現したとき、彼らはおまえに、おまえのただ一つの言葉である微笑を与えた。

 《中略》

 いかに多くの詩人達がおまえを讃えたことか! ヴィニー、ラマルティーヌ、クローデル、……そのなかにはマラルメもおり、その弟子のヴァレリーをドガは「天使」と呼んだ。あらゆる人々は新しい様式を創って精神と文字を結び合わせようとしたとき、彼らは「沈黙」という永遠の天使たるおまえから啓示を与えられた。

 幸福の通った後の亀裂を訪ねつつ過去を振り返ってみると、さまざまな「出会い」が思い出される。私の人生は偶然に出会ったいくつかの存在との交錯により、節目をつけられている。おそらくおまえのような真の守護天使こそが、私の運命の不可思義な綾糸をつくりだしたのであろう。おまえは幸福を告げるためにやって来る不意の訪問客であった。マリアを訪れ、彼女にこのうえなく「慈愛に溢れた」言葉で挨拶し、彼女に抱きつき、自分のなかに彼女を迎え入れた天使ガブリエルと、おまえはさして変わりはしない。

 奇跡のような幸福を告げる天使! 苦悩の天使、受難のキリストを労(いた)わり、彼の苦しみと流血を証言する天使! 彫刻の姿においてさえ微笑む天使! ランスの天使、我が母の町リヨン[ピュイ=ド=ドーム県]のマルチュレの天使。こうした天使は石さえも笑わせる!

 天使よ、臨終のときの私も忘れないでおくれ。

『心から心へ―21世紀を生きる人々に贈る』
新評論、P31「我が守護天使への手紙」から
 近年、ダビンチ・コードというのがブームになった。巨額の宣伝費を使って、これを仕掛けた者がいたのだが、その意図が何だったのかを見抜いていた者はほとんどいない。この邪悪なブームを作り出した者の意図は何だったのか。言うまでもあるまい、「真実を覆い隠すこと」である。

 覆い隠すべき真実とは何だったのか? これは、その時流されていた情報を見れば判る。キリストにはマグダラのマリアと言われていた姦淫の女がいて、その子との間に子供がいた、という真っ赤な偽りの話である。聖書や歴史に暗い日本人は、こんな情報操作にコロッと騙されてしまう。

私が言っていることが本当かどうかを判定したいなら、歴史資料をきちんと調べ給え。邪悪なメイソン筋の情報に踊らされてはいけない。欧米で、こんな情報に騙されるのは、何でも信じてしまう原理主義オカルトの人達くらいなのである。 彼らは、聖書は「神が手ずからで書いた」などと思っているし、「自分たちだけが救われる」と思い込むことによって「救い」を感じる人達である。

 文中にダビンチの名が出てきたので話が脱線してしまったが、マスメディアが何か大々的に宣伝を始めた時には、何か良くない意図があるということは最初に思っておいて欲しいことである。日本人は、お人好しだから、メイソンやイルミナティと呼ばれる「真実を封印する」ことに血道をあげている者の戦略に嵌ってしまうのである。であるから、これまでに、自分のどこが洗脳されてしまっているかを一々点検して欲しいと思う。

 ギトン氏はここで、「私の人生は偶然に出会ったいくつかの存在との交錯により、節目をつけられている。おそらくおまえのような真の守護天使こそが、私の運命の不可思義な綾糸をつくりだしたのであろう。おまえは幸福を告げるためにやって来る不意の訪問客であった。」と述べている。このようなことに思い当たる方も多いのではあるまいか。

 私達の心が浄化されていれば「幸福を告げる不意の訪問客」がやって来るのである。そして、それはマリー・ルイーズが言ったように「私は四つ葉のクローバーを見つけるのにふさわしい人なの」ということで、私達は、天使が訪れるにふさわしい努力を常日頃続けなければならないのである。

 まさに、それを怠りなく続けていた二人の人物、滝沢克己氏とジャン・ギトン氏が共に、天使の存在を証言しているのである。神は、「あるべき所に、あるべきものを、あらしめる」のである。情報操作に踊らされている人には、天使は遥か遠くで見ている他ないであろう。このような人がまずやるべきことは、心の向きを変えること 、である。

神と天使のことを考える時
神と天使は、あなたのもとを訪れる!


《次稿》
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2009.03.02 Monday | Category[2]スピリチュアル:天使について | comments(0)

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