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〈本物の天使論〉滝沢克己の著作から
菅原浩先生、久々にいい人を紹介してますね!

菅原先生ならご存知かと思いますが、この記事を紹介するには好機なので便乗させてもらいます。そして、滝沢氏の「インマヌエル論」ダスカロスの「人間論」に着目した探究者の本も併せて最下段で紹介します。

ちょっと今回は「初心者」とはいえないけれど、一流の日本人学者が天使について語る部分ですので目を離さず読んで下さい。
話は違いますが、菅原先生の科学についての態度には極端さがあり、更に最近の『スピリチュアル哲学入門』には問題点を感じました。この愚か者(僕のこと)は、清流のように澄んだ著書、例えば葉室宮司『神道の心』などには“ヘヨカ魂”が反応しませんが、先生の「あの本には雑念や思想的エゴイズムが感じられます」。自著のサニワも気がついた時、お願いします。意外と自分の垢には気付かないものです。スピな皆さんに賞賛されている人は尚更「裸の王様」になりがちです。僕のヘヨカっぷりに反応してしまったのも「垢」の一つだと思って頂ければと。

先生の信奉者は賞賛しかしませんが、賞賛しかできない人は本当に先生のことを思ってはいません。20世紀最高の哲学者マルティン・ブーバーの行動に対して、後輩でもある20世紀最高のユダヤ神秘主義学者のゲルショム・ゲハルト・ショーレム「否(ナイン)」と猛然と否定をしたのをご存知かと思います。心から否定、批判をしてくれる先輩や後輩が身近にいるとよいです。

話を戻して、「天使について賢明に知る〈本物の天使論〉哲学者・滝沢克己教授の著作から」です。長い記事ですが、決して流し読みせず丁寧に読んで頂くといいと思います。
 “科学的”を標ぼうする人の中に、しばしば「天使」というものを否定したり、昔の人の迷信に過ぎないと言う者がいるが。これはその人の、科学の限界を知らぬ無知を暴露しているだけであって、思想の貧困の中にある日本人に大変多い傾向である。

 また、プロテスタントの場合、天使というものに無知で、否定するものさえいる有様だ。しかし、真に道を究めている人は、天使についての確かな認識を持っているものなのである。その実例が哲学者でプロテスタント神学者であった故・滝沢克己教授(1909〜84年、KIN24)である。

滝沢克己 滝沢教授(プロテスタント神学者)は、一高・東大というエリート・コースを進まれ、哲学科を卒業した後、24才の時に論文を書き、時の哲学の権威、西田幾多郎 の激賞を受け、ドイツに留学し、20世紀最高の神学者と言われたカール・バルトの下で学び、26才で書いたそのブルトマン論がバルトの最高の賛辞を受け、「自分を最も良く理解しているのはタキザワだ」 と言わしめた天才である。バルトの、この一言でアジアの青年学徒・滝沢は欧州で一躍有名になったのである。

 以下に滝沢教授の論稿の一部を御紹介しよう。次稿はフランス人でカトリック哲学者ジャン・ギトンによる天使論を記述したい。ギトン氏は、哲学者でありながら第2バチカン公会議(1962〜65年)において在俗者でありながら異例の機会を得、スピーチを許された傑出した人物である。
 岡潔(おか きよし)という数学者は、フランスに渡った時、そこにおいて最先端にある問題を詳しく調べ、その問題を持ち帰り、何年も何年も考えた。それでしまいには、学校の講義も出られなくなり、それが教授会で問題になったりした。しかし、どうにもしようがないので、北海道の友人、中谷宇吉郎の所に行って、逗留していたが、研究所に行っても昼寝しているだけで、どうにもしかたがない。するとある朝、目が覚めてみると、なんだかいつもと気分が違う。それでその日は研究所に行くのを止めて、家にいると、不意に何年も何年も考えて解けなかった問題が解けた。それがあの世界的な発見であった。
 この一つの例でも明らかなように、数学というのは、我々が考えるように簡単に処置できるものではない。それは、あのカール・バルトが何年も何年も苦悩した末に、不意にパウロの言っていることの本当の意味に気が付き、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)したということと同じである。

『滝沢克己講演集』創言社1990年、P81より

 《中略》

 それ故に信仰や神学の根拠というものは、インマヌエルの事実そのものにあるし、その言葉自体、隠れたことば、クリスト自体にある。それ以外にこのことを他人に伝え解ってもらう手段はないし、またその必要もない。そこに、解る時には解るということ「御心ならば」ということがあるのであって、だからその事実をひたすら信じ、学問するという以外、何もすることはないのである。
 カール・バルトが、神学においては、まず啓示と啓示への信仰をさておいて、一般的に人間論、理性論とかいうようなことをやって、そこで解決のつかない所を啓示と信仰に託すというような「自然的神学」を非常に嫌うのは、このような理由があるからである。

 もっと詳しく説明すると〈theologia naturalis〉(自然的神学)は、人が人だけで存在するかのごとく前提しておいて、それで人間学的なこと、理性論というようなことを論じ、最後に解決のつかない所を、学問とはかけ離れた、本当に知ることの不可能な啓示に託す、それを信ずる、信ずる決心をする、ということになる。

 しかし事実は全然違う。それだけで存在する人間というものは、実際は何処にもいないのであって、そのような「人間」について、もっともらしく議論することは滑稽(こっけい)である。実際には除去されるべき「神話」は、そのような思考の出発点にある。
 人間が、ただ単に、それだけで存在するという前提そのものが、現代に一般的な根もない神話なのである。これがひっくり返らない限り、その前提の上に築かれたものは、全て崩壊すべき運命を負っていると言わねばならない。

 以上述べたところから、人生の最も奥深い核心に関する限り、一見神話的に見える聖書の表現、神とか、神の子とか、聖霊とか、処女受胎とか、黄泉に下るとか、天に昇るとかいう普通に考えると、お伽話のように見えるこの言葉が、実際にはそうでないことが明らかになる。私達の置かれている空間は、事実神の御子キリストの支配していらっしゃる空間であり、同時に

悪魔の働きつつある空間でもあり、私達を案じて、天使が飛び交っている空間である。


 こういうことは、全て確かな事実であり、決して神話的なことなどではない。私達がインマヌエルという事実に気付く時、おのずから、全てこれらのことが判ってくるのである。

『滝沢克己講演集』創言社1990年、P87より

 量子論の所で触れたように、宇宙そのものが信じられないほどの微細な定数と調和的均衡の内に造られたもので、そこには明確な形で「神の意志」と呼んで良いものが示されていたのである。もし、基本的な宇宙の定数の一つでも僅かな数値の変化が起こるならば、宇宙はアッという間に崩壊することが論証されているのである。神を信じられないという人は、先ず量子論を勉強すべきであろう。

 ここで書かれていることは、直観力に優れた人のためのものである。だが、一般的に見れば、大手の書店の精神世界のコーナーに並べられている天使論は、ほとんどが極めて安っぽいものばかりである。皆さんには、この滝沢論稿と次稿のジャン・ギトン氏の論述を起点にして、新たな学びを始めて頂きたいと思う。

《次稿》
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メムノシス・Jr.


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メムノシス・Jr.

1941年生。福岡県出身。国立大学工学部に進学。在学中、九大倫理学教授滝沢克己氏のキリスト教神学に触れ、哲学、思想、神学一般を学ぶ。統計調査会社に就職、経済調査業務に従事。1988年、会社を設立、経済見通し、金融市場分析レポートを発行。1990年初頭、バブル崩壊の予告を的中させる。1993年上京、在京時にホゼ・アグエイアス氏との出会いを得、ツォルキン暦の実証的研究に入る。2002年、研究の集大成を終えて講座を開設、時間の知識の普及活動を始める。その後、世界的なヒーラー、哲学及び神学博士、キプロスのダスカロス氏の原著との出会いを得、滝沢克己氏の「インマヌエル論」との存在論的な接点を見出す。

4805604697一世紀一代―二十世紀を生きたカトリック哲学者、ジャン・ギトンの回想録
関根 豊明 門脇 一生
サンパウロ 2008-12

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著者はこの訳書の書名である「一世紀一代―二十世紀を生きたカトリック哲学者ジャン・ギトンの回想録」の中で若くして哲学への道を選択しその道を極めた。とりわけ、第2バチカン公会議(1962〜65)において大きな役割を果たした。公会議の中で、彼がただ一人の在俗者として出席しスピーチを行うという異例の機会を与えられた。歴代教皇や各界の著名人を捉えながら回想していく自伝である。

初版発行:2008年12月8日

哲学の再生―インマヌエル哲学とM・ブーバー哲学の再生―インマヌエル哲学とマルティン・ブーバー
柴田 秀


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いろいろあるので読書の旅を楽しんでみてください。人生の試練とは別個だと思いますが、本を読むということは良い事です。
一緒に歩みましょう!
期は熟しました!!
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スピリチュアルな想いを形に
2009.02.28 Saturday | Category[2]スピリチュアル:天使について | comments(2)

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スピリチュアルな想いを形に
2019.09.01 Sunday | Category- | -

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こんにちは。
ずっと以前に、ささやかなコメントをさせていただきました美月です。

今回のエントリで、数学者の岡潔(おか・きよし)にも触れられていたので、ずっと考えていた事について、ピンと来るところがありました。岡潔のあの世紀の発見にも、もしかしたら「天使意識」が関わっていたかも知れないな…と思い始めています。

井筒俊彦氏の言う「思惟分節」に関わってくる「コトバの天使学(=ネーミングはユング派心理学者ヒルマンによる)」によれば、ゼロポイントからの流れを思惟分節してゆくプロセスで、「天使」としか表現できない、「深きもの」の到来が深く関わってくるらしいのです。

今回のエントリは、「真に深い場から来る思索とは何か」…という事について、非常に参考になりました。御礼申し上げます。
| 美月さん | 2009/02/28 12:47 PM |
こんばんは、美月さん。

岡潔氏については松岡さんのブログでその人物像を知りましたが、美月さんが知っている岡潔像の中で何か琴線に触れるような風が吹かれたのかもしれませんね。

井筒先生の「思惟分節」から「天使」としか表現できない「存在」が顕れてくる、と深い洞察。深い学問に関わっていった一流の学者たちが到達するものなんでしょうね。

科学、数学、哲学、神学、すべての学問の先に何かが待っている。そんな気がしています。そこに到達していない二流、三流の学者は、他を否定してしまう。なので、すべての学問を否定してはいけない。私は、そのことを大切にしています。

「真の深い場から来る思索とは何か」
ありがとうございます。

| Teru Sunさん | 2009/02/28 6:37 PM |










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