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ユング自伝
ユング サングラスをおでこに引っ掛けるのは、所さんスタイルだと思ってましたけど、この爺さんもお茶目なんですね。もう顔つきからしてイタズラ小僧って雰囲気がありますよ。顔をみて、その象徴(シンボル)を読むのも大切っす。

 ヨガナンダも自叙伝のなかで紹介したことがあるユング。日本では心理学者で著名な側面が強すぎて、それが何だか“足かせ”になっているっぽいなぁと思ってしまう。もっと開けたとらえ方をした方がいいんじゃない、とか。

 ユングって僕からしたらネイティブ‐アメリカンのメディスンマン(呪術師、預言者)のような印象が強いんですわ。 ヴィジョンクエストってのを生涯続けたような感じですよ。「ヴィジョンクエスト」ってのは、すんごい厳しい断食状態のなかで夢や幻視を視て、自分の将来を視るっていう「預言」のようなものなんだけど、そのこと。

 それを言ったら〈聖なる石の白人〉 のことも話しておいた方がいいかな。
インヤン・ワシカン・ワカン。
聖なる石の白人。
わしらはモーゼ のことをそうよんでいる。
あれはわしらにとってじつに魅力のある人物だ。
お告げをいただくために、ヴィジョンをものにするために、たったひとりで自分の山の頂に登ったことからして、インディアンと良く似ているではないか。
そこで彼はただひとり、自らの神と共にあった。
その神が、火や、灌木(かんぼく)や、岩をとおして彼に語りかけたのだ。
モーゼは何事かが彫り込まれてある何枚かの石版を抱えて、その丘から帰ってきた。
あの男であれば、立派なインディアンのメディスンマンにもなれたことだろう。

『レイム・ディアー―ヴィジョンを求める者』より
● 「神を待ち望む」での紹介記事
 善い預言者(メディスンマン)ってのは、自分が視たヴィジョンをどれだけ精査して解釈できるかって冷静さと理性さがあるかってことなんすよね。アステカとかマヤでも預言者はいただろうけど、人身供物とか心臓とかえぐってたっていうから、あまり良い解釈はしてなかったんだろうな、と思うわけです。話が跳んでるか。

 そんでユングは、その解釈を東洋のヨガとか西洋のイグナチオ・ロヨラの『霊操』 とかを取り入れつつ精神生活を大切にしていた人なんす。ユングも、どちらかというと古代宗教、山や石の霊力に何となく関心がありそうで、子供の頃からキリスト教の邪悪な側面に気づいている人みたいでした。

 いろいろ抜粋してみまする。ユングは読むといいですね。この本から入るのが一番です。 何でかって、これ読まないと分かんないかも、ヘソマガリのユング爺さんのことなんかね。
ユング自伝―思い出・夢・思想 (1) 振返ってみると、私の子ども時代の発達がどれほど将来の出来事を見越し、父の宗教的挫折や、今日みる世界を粉みじんにするような啓示にたいする適応の仕方を準備していたいたかがわかる。その啓示は、きのう、きょう、生じてきたのではなく、その影を長く前もって投じてきていたのである。我々人間は自分の個人的な生命を持っているとはいえ、大部分は依然としてその年齢が数世紀単位で数えられるような集合的な霊(スピリット)の相続人であり、犠牲者であり、推進者である。
 《中略》
宗教は自らをこの内的な人に適用し、ほぼ2千年にわたって、彼に我々の表面的な意識を理解させようと一生懸命になって熱心に試みてきたのである「外へ行くな、真理は内部の人に宿っている」。

『ユング自伝1』

コメント:子供の頃に持っていた気持ちってのは大切なんすよね。ユングと似た気持ちを僕も持っていたのを思い出しましたよ。抜粋しきれないですけど深いんですわ。

今や私は、自分の以前の経験の最も深い意味を了解した。つまり神自身は神学を拒否して来、教会は神学に基礎をおいているというのである。他方、神は他の多くのものを許し給うたように、この神学をも許し給うたのだった。人間が、そのような発達の責めを負うべきであるのは私には全く馬鹿げたことに思われた。とにかく人間とは何なのか、「彼らは子犬のように盲唖で生まれて来、あらゆる神の創造物のように、ほんのわずかの光を具備されているだけで、それは彼らが手探りして進んでいく暗闇を照らすには決して十分ではないのだ」と私は考えた。私はまた私の知っている神学者の誰一人として「暗闇の中で輝く光」を自身の目でみたことのある者はいないことを確信していた。というのは、もし彼らがみたことがあったとすれば、彼らには「神学的宗教」を教えるなどということはできなかっただろうから。神学的宗教は、何の望みもなく、信じこむ以外には役に立たないので私には全く不適当に思われたが、父は勇敢にもこれをやろうとして暗礁に乗り上げたのだった。
 《中略》
私は父のこの祝福された信仰が彼に致命的なたくらみをなし、それを彼にだけではなく私の知っている教養のある真面目な人のほとんどをたぶらかしてきたことを知った。信仰の主要な罪は、経験の機先を制することだと私には思われた。神学者たちは、神がある物事を慎重に取決め、他の物事を「許した」のをいったいどういうふうにして知ったのだろうか。また精神医学者たちは物質に人間の心の性質が付与されていることをいったいどういう風にして知ったのだろうか。私には唯物論に打ち負かされる危険性はなかったが、父は間違いなくそうなったのだった。

『ユング自伝1』P143

コメント:これですわ。大切ですわ。もう語れませんわ。やばいです。

元型のもつヌミノースを自ら体験から学んでいない医者は、治療中にそれに出くわしたとき、その否定的な影響をほとんど避けることができないで評価したり過小評価したりするであろう。これが危険な脱線のはじまりであり、その第一はあらゆるものを知性で支配しようとする試みである。
 《中略》
体験はその実体を奪われ、その代わりに単なる名前が置きかえられ、それがこれからは現実の場所に置かれるのである。誰も概念に対して何らの義務を持ってはいない。
 《中略》
 それゆえ、私の体験では、習慣性のうそつきは別として、もっとも困難かつ不快な患者はいわゆる知識人である。彼らにあっては、片方の手は他方の手が何をしているかいまだかつて知らないでいる。

『ユング自伝1』P209

コメント:理論体系ってものじゃないっすかね。ルドルフ・オットーもこういったことについて『聖なるもの』のなかで語っていたので、それ以前抜粋していました。これも大切なことじゃないっすかね。雄弁に語りすぎる霊能者も、どうかと思うのは、これなんす。

ユング自伝〈2〉―思い出・夢・思想 (1973年) 前編、後編とあるけれど、やっぱり両方とも読んだ方が分かりやすい感じ。後編には晩年の思想とかも書かれていて、何でそんな研究をしたのかってのが詳しく書かれている。

 ユングがNo.2と読んでいた人格ってのが、特別凄い才能を持っていて、作文の時にあまりにも大人な作文を書いて先生に嘘つき呼ばわれされて、かなりショックを受けていたのが気になりました。ダスカロスもそんな才能を示して先生を怒らせましたからね。「この問題を解いたのは僕じゃありません」「ドミニコ神父です」って言って。ユングのこれ、一種の目に見えないガイド? ユングって死ぬまで隠していたけれど、すごい霊性の人なんです。
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スピリチュアルな想いを形に
2009.02.08 Sunday | Category[4]霊的偉人:カール・ユング | comments(3)

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2019.09.01 Sunday | Category- | -

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こんばんわテルテルさん。
またコメしちゃいます。
 
僕がスピリチュアルに入ったきっかけはユングでした。
何冊か本を読んだり調べたりするうちに・・・ね(笑)。
ある種、僕の体外離脱やエネルギーの視覚化のきっかけを作ったのはユングか!?
 
ユングの自伝、これはかなりよさそうですね。
購入を検討します。購入時はこちらのブログを通してamazonで。
日本ではフロイトやユングが有名ですが、フロイトと密接に関わり合ったアルフレッド・アドラーというユダヤ人もなかなの人です。
| 勇樹さん | 2009/02/13 11:07 PM |
こんばんは、勇樹さん。
ちなみにハンドルネームはTeru Sunに変更したので、そちらで呼んで下さい。

「ユング自伝」には「死後の生命」と「晩年の思想」という章があって、そこが一番重要なものだと感じています。すべてが吹っ飛ぶ話を展開していますが、それだけに読む人もそれなりに心得が必要かもしれません。

アドラーも聞いたことがあります。読んだことはないですけれど。
| Teru Sunさん | 2009/02/14 6:49 PM |
こんばんわ。
失礼いたしました、Teru Sunですね。

>>「ユング自伝」には「死後の生命」と「晩年の思想」という章があって、そこが一番重要なものだと感じています。すべてが吹っ飛ぶ話を展開していますが、それだけに読む人もそれなりに心得が必要かもしれません。
 
なるほど、心して読んでみます。
しっかし、いい表情してますね、ユング爺さん(笑)。
それでは。
| 勇樹さん | 2009/02/14 9:47 PM |










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