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カバラー心理学―ユダヤ教神秘主義

第1章 ユダヤの神秘家たち
    一なるものを求める人々
第2章 我らは宇宙なり
第3章 聖なる肉体の世界
第4章 心の平安をもたらす諸技法
第5章 覚醒のエクスタシー
第6章 夢と音楽を通じて源泉に戻る
第7章 かなたの次元
第8章 生死を超える不滅の魂
第9章 心の新しい国

カバラー心理学―ユダヤ教神秘主義
 イスラエル、パレスティナで行われている残虐非道な殺戮行為は許せることではありません。イスラエルとパレスティナの問題を知るためにも、さまざまなアプローチが必要ですね。たとえば、イスラエルの歴史を知るなど。

 それと関係はありませんが、先日はマドンナがカバラー教団に多額のお布施をしていると紙面を賑わせましたが、「カバラー」はユダヤ教の一つの支流ですから悪いものではありません。
 日本人学者・平井先生もカバラについて色々と紹介されております(ヨーロッパ語を巧みに扱う研究者のサイトなのでヨーロッパ語が全くな僕には、ただ参考にしかなりません…笑)

 カバラーは、今ではユダヤ教正統派のラビたちも認めるユダヤ教の流れの一つであることは確かのようです。マドンナは“ヨギーニ”でもあり“カバリスト”であるということから、かなりな実践者であることになります。さすがだ!(笑)

シンボル・オブ・ライフ  「お金持ちになればもっと人助けができるわ!」というポリシーのもと、マドンナは稼ぎ続けているとか。この話は、うちこさんのブログで知りました。さすがだマドンナ!

 今回は、そんなこと(?)で『カバラー心理学―ユダヤ教神秘主義』という本を紹介しようと思います。今回の記事は正直言って抜粋部分が長くて飽きちゃうかもしれません。カバラーは、ダスカロスも「シンボル・オブ・ライフ」として解釈を試みています。今回の本は、とっても入門者用に分かりやすく書かれているものですから読んでおくと良いかもしれません。 

カバラーを真の源泉としていたユング
じつはカバラーの影響を受けていたフロイト
カバラー解釈を「シンボル・オブ・ライフ」で試みたダスカロス
カバラーに影響を受けた歌詞のアニメ(笑)。

みなカバラーから何かしら得ている
東洋と西洋の符合点 ユダヤの奥義カバラーとハシディズム

すいません、アニメ入れちゃって…
そういう業界に似た業界でデザイナーしているもので。

「ユダヤ人の強みは、その独自の精神史の中で、ずっと以前から、意識研究のその後の発展を先取りしてきたことだ。それはすなわち、カバラーのことである。」

カール・ユング

「哲学が終わったところから、カバラーの智慧が始まる。」

ブラツラフのラビ・ナフマン



 いつしか廃れたまま、長年のあいだ世に埋もれていたカバラーが、現在、真に関心を取り戻しつつあるように思われる。1960年代の初めに、長い歴史をもつ多くの宗教的伝統の今日的意義が再発見されたのに伴って、カバラーの魅力も再認識されるようになったのである。信条の違いをこえてますます多くの人々が、この昔ながらのユダヤ教の支流に惹かれるようになってきている。世界のあちこちで今、この秘められた知恵の体系を探求しようとする動きが加速化している。こうした有望な傾向が現れた背景には、いくつかの興味深い状況展開があるように思われる。

 まず第一に、これまで大ざっぱに「ユダヤ教神秘主義」と呼ばれてきたものについて研究が、以前よりはるかに、胡散臭いとか怪しげとは見られなくなってきたことが挙げられる。19世紀の間ほぼずっと、さらには20世紀に入ってからでさえ、ユダヤ人の学者や専門家たちは、このテーマに触れようとさえしなかった。オカルティズムに首を突っ込んでいるなどと言われて名誉に傷がつくのを恐れたからである。おそらく、そのような研究者たちは、それまでユダヤ人には門戸が閉ざされていた西洋の大学にやっと入れたばかりで、その地位を失うことにまだ不安があったであろう。実際、彼らがもっとも嫌ったのは、公衆から、迷信的で非科学的な研究をしている人物らしいと思われることだった。たとえば、フロイトは、今では周知のとおり、カバラーに並々ならぬ関心を抱いていたことが知られているにもかかわらず、そのことを一生涯、周到に隠し通した。一部のユダヤ人合理主義者たちから徹底的に嘲笑されたことを除けば、この伝統全体が、近代の西洋の思想家たちから無視されていたのである。

ユダヤ神秘主義  ところが最近、明らかに立派な実績をもつ学者たちが、世界の至る所でこの研究に打ち込むようになってきた。時には畏敬の念にも近い敬意を払いながら、久しく忘れ去られていた著作を発見し、分析し、翻訳することに助力している。たとえばカバラーの興味深い教義が現代の主流をなす思想に一致しなくとも、だからといって、カバラーの思想に本気で取り組む価値がないということにはならないのだと、研究者たちは十分に理解してきている。

ハシディズム (みすずライブラリー)  現代の学術的研究の結果として、カバラーの体系は少しずつ現代人にとって近づきやすいものになってきている。何十年間も埃まみれの文書館に眠っていた写本が、科学技術時代の今になって日の目を見つつある。歴史上初めて、カバラーの根本書の、すべてではないにせよその一部が、厳しい修行を長年積まなくとも読めるようになっている。また、1960年代後半から1970年代前半にかけてさまざまな大学にユダヤ研究課程が設置されたことで、この昔のユダヤ思潮に対する好奇心がさらに喚起されてきた。学生たちは、マルティン・ブーバーゲルショム・ショーレムの著作を手引きとしながら、深遠かつ広大なこの魅力的なアプローチに検討を加え始めている。このようにして、カバラーの研究が、主流派の知識人たちの間に浸透し始めるようになってきたのである。喜ぶべき兆しの一つとして、ここ数年、主要大学のなかに、カバラーやハシディズム運動のさまざまな側面についての博士論文を認めるところが出てきており、その分野は文学から心理学にまでわたっている。さらに、現在では、いくつかの専門誌が、以前は蔑まれていたこのテーマに定期的に紙面をさくようになっている。そして、それら機関誌の「母体」である学会が、全米規模の集会でこのテーマに関する講演を主催したりもしている。

 実際にカバラーは、人間の心について、さらには科学と神秘主義の統合という新たな動きについて、より深く理解したいと願っている今日の大勢の人々にとって、まずまず魅力あるものとなりつつある。科学的研究者たちはこの十年から十五年の間に、古来の宗教的伝統の中に、我々の心と体の仕組みに関する驚くべき洞察の数々を繰り返し、見出してきた。たとえば、心拍数、呼吸数、あるいは体温を意のままに変えられるというヒンドゥー教のヨーガ行者の話は、つい最近までは馬鹿げているち思われていた。ところが、バイオフィードバック装置を備えた今日の研究所や診療所では、普通の人でも数週間で同じようなことができるようになったりする。東洋的瞑想法にあるとされるヒーリング効果もやはり、迷信が吹聴されたにすぎないと思われていた。ところが今日では世界中で、医師やその他の保健専門家たちが、心臓血管疾患、高血圧、さらには癌といった広範な慢性疾患に苦しむ人々に、古典的瞑想法をアレンジしたものを処方して効果をあげている。こうして、日を追うごとに、古来の宗教の修行が非現実的なものではなくなってきているのである。

 自分の潜在能力を最大限に高めることに興味をもつ多くの人々に、カバラーはまだほとんど知られていない。けれども、ユダヤの神秘の伝統は、人間の心の根本的本質を鋭く見抜くすべを与えてくれるものである。たとえば、夢についての考え方は、七百年近くも現代心理学に先行しており、いまなお主流派の見解より優っている点もいくつかある。また、カバラーは現代の音楽療法に先んじて、歌や踊りを有効な治療手段として重視してきた。通常の意識状態と変性意識状態のモデルも同様に、心の働きに関する最新の諸理論を不気味なほど先取りしている。預言や透視、臨死体験、さらには肉体的な死の後の意識の継続といった、ひどく荒唐無稽に思われる事柄さえも、大勢の革新的研究者たちによって真剣に取り上げられ始めている。

 それと同時に、今日カバラーが広まりを見せている背景には、ユダヤの宗教的指導者自身の姿勢も大きく影響している。イスラエル建国期にパレスティナのラビ長、アブラハム・イツハク・クックは、ユダヤ教神秘主義の趣旨を長年にわたって詳しく説明し続けた。超越的なものを望むのは、人間の基本的な欲求であり、それを獲得しようとすることは、人間にとって最も価値ある目標だと彼は考えていた。1935年に没するまで、肉体的自己と情動的自己と霊的自己は一つのまとまりを成しているとも説き続けた。たとえば「憂鬱は悪性疾患のごとく、からだ全体、こころ全体に広がってゆく」と述べている。近いうちに、彼の教えによって、カバラーの理解がますます広がってゆくことは間違いない。その教えの一部は、最近英語に翻訳され、目下、息子のツヴィ・イエフダ・クックによってイスラエルに広められている。

 ハシディズムのグループ、特にルバヴィッチ派がここ数年来、力を入れるようになってきたのは、今日蔓延している「ベーグルとロックスサンドをたらふく食う」ようなユダヤ教に飽きたらずに、もっと確固たる霊的同一性を求めるユダヤ人たちへの働きかけである。そのようなハシディズムの組織は、すでに様々な東洋的瞑想法を体験してきた人々を特に惹きつけているようである。北米の大都市にはほとんど必ずあるハバド(ルバヴィッチ派の正式名称)センターでは、「ユダヤ式瞑想」と「秘教心理学」の授業を受けられるところが増えてきている。そこで重視されているのは、その創始者である18世紀後半のラビ、リアディのシュヌール・ザルマーンの教えである。他の組織のプログラムは、ルバヴィッチ派ほどには宗教への深い関わりを要求するものではないが、やはり、神秘の道がユダヤ教主流派の価値観と一致する点を強調している。

 このように、原典に依拠する度合いにはさまざまではあるが、総じて彼らは、入門者たちに古典的なカバラーの瞑想法を教えようと努めている。いかにすれば忘我の境地を体験し、創造力あふれる心の状態が得られるかを知りたいという今日の人々の渇望に、ユダヤの秘教で応じようとし始めたユダヤ教の権威者たちもいる。皮肉なことに、カバラーの後進性と思われるものと闘うべく、二百年近く前に起こったこのユダヤ教改革運動が今や、カバラー的な見方を、ユダヤ教の然るべき位置に戻す必要性を痛感しているのである。今日のユダヤの若者の中には、権威崇拝を見かけ倒しと感じている者がいることをはっきり認識しているラビたちは今、カバラーがもたらす超越的な啓示をためらうことなく讃えている。このようなことはすべて、ほんの十年前には想像もつかなかったであろう。

 要するに、科学技術の時代の今、世間一般でもユダヤ教体制派内でも、かつて例を見ないほどに大勢の人々が、この古来の知識体系の価値に気づき、敬意を示してきている。しかしこれまでのところ、カバラーに対する関心はまだ、より広いユダヤ文化とも、さらには、禅仏教やヨーガをはじめとした、人間の高次の能力を引き出す様々な東洋的アプローチへの西洋の内なる憧れとも、まだ十分に結び付いていない。 したがって、そのような修行を現代心理学に関連づける書物が、文字通り何十冊も出版されている一方で、こうした形でカバラーを論じている本は、現在のところ、ただ一冊もないのである。

 このような事情をふまえて、本書では、カバラーの心理学的側面に焦点を当ててゆくつもりである。ユダヤ教神秘主義の際立った特徴の一つは、神秘体験が日々の生活にもたらす意義を強調する点にあるからである。これまで多くの学者が述べてきたように、この道の基本的な目標は、神的なるものをいかにして日々の営みの流れの中に導き入れるかを入門者に教えることである。本書では、カバラーの歴史上の展開や形而上学的前提について述べた後で、人間の情動、心身の関係、意識の本質、さらには自己超越の可能性といった事柄について、カバラーがどう見ているかを探ってゆくつもりである。最後に、超心理学、死後の世界、輪廻転生といった興味深いテーマについて、カバラーがどのように考えているか、私なりの見解を述べようと思う。

 当初はまったく意図していなかったにもかかわらず、執筆の過程で浮かび上がってきた重要なテーマの一つは、カバラーと他の古い宗教的伝統との間に、驚くほど類似する点があるということである。確かに、こうした世界的宗教の間にははっきりとした違いが見られるが、それらに共通する特徴は、差異よりもはるかに顕著なように思われる。各々の思想間で実りある交流があったことは疑いないにしても、この共通性という現象から、次のことも言えるのではなかろうか。すなわち、これらの知識体系に見出される結論は、広く一般に通用するものであり、今日的意義をも有するものだということだ。さらに私は、これらの古来のアプローチがいずれも楽観論的で、人間の進取の気性を信頼していることに繰り返し深い感銘を受けてきた。苦難と混乱の時代には、古来の宗教的伝統が人類にとってかつてなく重要なものとして立ち現われてくる。

 命の神聖さを根本的に信じ、我々一人ひとりの心の内に高次の領域があることを強調し、ユダヤ教に確固たる倫理的基礎を持つカバラーは、普遍的でしかも時宜(じぎ) を得た意味を宿している。

第一章 ユダヤの神秘家たち 一なるものを求める人々

「ユダヤ人の強みは、その独自の精神史の中で、ずっと以前から、意識研究のその後の発展を先取りしてきたことだ。それはすなわち、カバラーのことである。」

カール・ユング

「哲学が終わったところから、カバラーの智慧が始まる。」

ブラツラフのラビ・ナフマン


 「カバラー」という言葉は、「伝承する」という意味のヘブライ語に由来するもので、その起源は中世にまでさかのぼる。カバラーには、我々と宇宙との関係について広範かつ詳細にして首尾一貫した世界観が織り込まれている。計り知れない力について形而上学的言説と結びつけながら、いかにすれば日常の世俗的な心の枠を超えられるかという、具体的な方法を説いてくれる書物である。
    《中略》
次第に明らかになってきたことだが、四千年ほど前に発祥した当初から、ユダヤ教はほぼずっと秘教的な側面を持ち続けてきた。このような神へのアプローチが、ユダヤ人の心の奥深くにまで入りこみ、ほとんど気づかれぬまま隠れた力を揮っていた時期もある。かと思えば、ユダヤ史上には、突如それが一斉に開花して、ほぼすべての世代を魅了した時代もある。

《下に続く》
 僕は、これらの本に出会う前にヘブライズムというものに出合わさせて頂きましたが、日本人の多くがユダヤ教(カバラー、ハシディズムなども含め)、ユダヤ人に対して誤まった偏見のようなものを持っていたんだと気づかされるものでした。更に日本人の学者のなかにはユダヤ教を間違った思想だと決め付けるような人も存在し、それが一般人ではなく比較宗教を行っている大学教授のような人であった場合にも、この先生は、まだ探求が不十分なのかもなぁ…」と感じるものもありました。
 他者と分かり合うには、他者の思想、信仰を理解してこそ深い関係が結べると思うのでヘブライズムというものの素晴らしい思想の発展を知ることも有用だと感じます。
 誰かが唱導するような「世界的な新宗教、思想モデル」なんて必要はないです。 神道、仏教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、道教、すべての宗教的な思想は、日々更新され改革され続けているのですからスピリチュアルな視点からも「世界の一なる宗教」や「新たなモデル」というものは必要ない気がします。このような話は詩聖ルーミー『ルーミー語録』のなかで言っていました「世界統一宗教なんて起こそうとするようなヤツはアホだ!」 と。皆が別々で良いんだと。

 文献によると、この修行体系の実践家に支配的な影響を及ぼしていたのは、二つの主流派、すなわち『マアセ・ベレーシート』(創造のわざ)『マアセ・メルカヴァー』(神の戦車のわざ)であった。前者の方がより理論的で、世界の創造や最初の神の啓示について論じている。後者は、預言者エゼキエルが天の戦車について語ったことをもとに、神と我々との関係について考察している。これら二つの道はいずれも神秘に覆われており、当時の最も敬虔なユダヤ教学者以外の者には秘密にされていた。『タルムード』(ユダヤの律法、注釈、および聖書解釈の主要テキストで、五百年頃に完成)の編纂に携わった偉大な賢者の多くは、この秘密の伝承のことをよく知っていたけれども、全員がそれを実践しようとしたわけではなかった。当時からすでにその達人たちは、この隠喩の庭に飛び込む者には、その目的がいかに真摯なものであろうとも、実際の精神的、肉体的危険が待ち受けているいると警告していたのである。

 この点を強調した典型的な説話がある。四人のユダヤ人の賢者、ベン・アザイ、ベン・ゾーマ、ベン・アキバが極限にいたる隠された道を追求したと言われている。四人とも、紀元一世紀にイェルサレムの神殿が二度目の破壊を受けているさなかに学者として迎えられた人物だった。ところが、その体験から無事に生還できたのは、ラビ・アキバただ一人だったのだ。 他の三人は死んだり、発狂したり、背教に走ったりした。そこで、同じような運命をたどる者が二度と出ないように、達人たちは原則として口伝による教授だけに限ることにした。師から、選ばれた弟子へと代々伝えられていったのである。そして、成文化された形で知識が得られるようになってからも、ユダヤ人の一般民衆にはほとんど常に知らされないようになっていた。実際、今日に至るまで、ラビ団によってこうした姿勢が貫かれてきている。

 神秘の伝統への入会者は、ヨルデ・メルカヴァー(戦車にのって降りてゆく者)と呼ばれた。自らの心の深奥に向かってさらに深く「降りて」ゆくからである。最も深い瞑想の領域に達すると、この霊妙なる戦車は消えて見えなくなるという。そうなると、あらゆるレベルの意識を通りぬけて、エゼキエルの語る天上のイメージが見える状態にまで高められるのである。『ヘーハロート』(天の広間)の書には、地図製作の達人のように、この体系の師たちが、求道者にはなかなか渡れない霊的領域のありかを示し、入会者が見たり感じたりするかもしれないことを描写していた。たとえば、第六の天の平原は、眩しく光を反射する波が果てしなく広がる海原のようだという。そして、さらに一歩踏み込むたびに、ますます混乱をまねく、恐ろしいまでのヴィジョンが待ち受けているという。紀元四、五世紀にさかのぼる、独特の象徴を用いた断篇(だんぺん)の中で、その匿名の著者は次のように述べている。「マクホンからアラヴァトまでの五百年の旅・・・そこに何があるのだろうか。天の恵みの宝庫、純白な雪の貯蔵庫、平和の貯蔵庫、義人の魂とやがて誕生する魂、邪悪な者を待ち受けている恐ろしい罰・・・」

 けれども、賢者たちがほのめかしているように、そのようなイメージは結局のところ、その弟子自身の心が生み出しているものにすぎない。それゆえ、この書物では実践家に対し、現れる幻影に圧倒されてはならないと忠告している。予め訓練を受けて十分に準備ができていれば、タイミングよく適切な言葉を発することによって、魂を打ち砕くようなヴィジョンを消し去ることができると師は教えた。たいていの場合、断食や特殊な呼吸訓練、リズミカルな詠唱を用いて、入門者が変性意識状態に入りやすいようにしていた。興味深いことに、このような高次の意識に至る方法とよく似たものが、他のさまざまな宗教的伝統にも見られる。たとえば、チベット仏教でも同様に弟子たちは、「バルド(肉体を離れた状態)で体験される神々のヴィジョンは、この世での霊的な変遷と体験を反映するものだ」と諭(さと)される。
 一番最後のチベット仏教の「神々のヴィジョン」についての話は、「ダライ・ラマ ゾクチェン入門」の所で触れてみましたが、この色付きの部分や目立たせている部分は、丁寧に読んでもらえるとわかると思いますが、昨今流行(?)しているヘミシンクによる変性意識から著書を起こされている著者の皆さんに理解してもらいたい部分です。「2012年に何かが起こる?」この謎を解くのはアニメ「攻殻機動隊 S.A.C」の中でも「笑い男事件」としてスタンド・アローン・コンプレックスの造語で種明かしがされているので意外と容易ですが、この抜粋を読んでもらえると分かりますよね? アメリカ先住民ラコタ族のヴィジョンクエストでも、同じようなことが云われています。そのことは映画「ドリームキーパー」で表現されています。
 禅仏教でも「祖に逢うては祖を殺し…」という言葉があるようですし「殺す=内なるヴィジョンを消し去る」という意味でしょうか。「2012年のアセンション」というのは「スタンド・アローン・コンプレックス」なんですよ。 大人向けの日本アニメの脚本はレベルが高いなぁ…。

 この時代のユダヤ教において主流をなしていたもう一つの秘教は、さらに思弁的であり、宇宙の構造や宇宙と我々との関係に焦点を当てていた。その最も重要な書物『セーフェル・イェツィーラ』(創造の書)は、ユダヤの形而上学的研究を初めて成文化したものと考えられている。

  《中略》

計り知れない影響力を有していながら、『セーフェル・イェツィーラー』は非常に短くて、どの版も2千語に満たない。忘我や瞑想について詳述するのではなく、簡潔だがイメージを呼び覚ます表現を用いて、宇宙の秘められた働きの大要を一定の形式で述べている。

カバラとその象徴的表現  『セーフェル・イェツィーラー』では、神へと向かう32の秘密経路が論じられる(興味深いことに、古代中国の書物『易経』では、宇宙には64の状態があるとされており、32はちょうどその半分にあたる)。これらの経路を象徴しているのが、セフィロート(エネルギーの粋)と呼ばれる10個の根本数と、22文字のヘブライ語アルファベットである。空間、時間、および時空と我々の相互作用のありようなど、宇宙のあらゆる側面は、このような超自然的なほとばしり出る力が絶えず影響し合うことによって支えられているという。10のセフィロートという概念が、後のカバラーの基礎となる。カバラーはこうした概念を、「生命の樹」と呼ばれる明確な体系に発展させていくのである。

『カバラー心理学―ユダヤ教神秘主義』より
易経 (中国の思想)  この本を読む前に、或る人からカバラーと易経との符合点などを聞いていたので、その際に購入したのが右に紹介している本です。「易経」でどの本が良いかというのは分かりませんが、易経の本では易しい部類に入るものらしいので、右のはお薦めかもしれません。ただ、それでも難しいかも。

 「易経」といえば、中国から日本伝わって独自に発展した「陰陽道」も八卦(はっけ)を使いますね。面白いもので東洋と西洋とのつながりが、こんな所からも理解することができます。

 カバラーは日本に生まれた僕らが習得できるような容易いものではないので、ハシディズムの中に流れている生き方(カバラー的な生き方)を神道や禅仏教などから学ぶこともできるので、日本人に生まれた意義を理解すべく人生を歩んでいこうと思っております。

※ カバラーには呪術(Magic)的な側面があるので、その側面にはまり込むと道を誤まると云われています。その部分にだけはご注意を!
 カバラーの秘儀は一流の霊能者であるようなダスカロスレベルだから可能だったということもあります。達人たちが編み出したものですから。

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2009.01.18 Sunday | Category[2]スピリチュアル:読書の痕跡 | comments(0)

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