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「神との対話」「奇跡のコース(ACIM)」とは
 かなり長い文章になってしまいましたが、初心者の方たちに向けての心得を書いたつもりです。素直な気持ちで読んで頂ければ、それなりに役立つのではと思います。

 スピリチュアルというものは人類史のなかに含まれる信仰、思想のなかでの上澄みのエッセンスを、ことさら大げさに取り上げるものです。なので、私見を申し上げると「スピリチュアル、精神世界の霊的指導者、スピリチュアル作家たちの言葉を、ことさら難しく考える必要はありません」。

 たとえば、「子供に大きな海の浜辺に立たせると、子供はその海の広さに感動します」と、そのような「浜辺」「スピリチュアル」 は似ています。

 さらに分かりやすく説明すると、科学をたとえで話しにしてみましょう。わたしはリサ・ランドールブライアン・グリーンスティーヴン・ホーキングなどの科学者がまとめた、「簡単にわかる21世紀までの科学の本」を読むこともします。これらの本は、科学を専門にしないデザイナーのわたしにでも理解できるように易しく書かれています。理論物理学、素粒子物理学、宇宙物理学など、科学というものは、とても興味深く面白いものだということが分かります。その世界の広さを感じることができます。

 ここで俯瞰視点に立ってみます。これは自分を見つめる冷静な視点ということです。さて、これらの学術書ではない科学書を読み、そのエッセンスは分かりました。それでは、わたしはこれで科学者、研究者になれるでしょうか? 冷静に考えられない人でも、「それは無理でしょう」という答えを瞬時に引き出せると思います。そうです、「無理」なんです。子供の頃からの興味と、生まれ持った才能、さらに学習することの努力によって修練を積んだ人でなければ科学者の道へは参入できません。

 しかし、こと「スピリチュアル」なことになると、その客観視点に立てなくなってしまう人が五万といます。例えば、近代神秘家、ブラヴァツキーシュタイナーグルジェフクリシュナムルティなど「スピリチュアル世界」のなかでは、程よく有名な著者や講演家たちがいます。彼らは、霊的真理やテクニックを著作や講話本として遺しています。
 さて、それらの本やアイデアを読み、それで「地球を救う光」や「覚者」「覚った人」になれるでしょうか?  まず、その疑問譜の心得だけは知っておいた方がいいでしょう。


 スピリチュアル作家や講演者の方たちは、本当の意味でとても巧みでごまかしの効いた文章を書き上げることに長けていることで知られています。彼らは、「先人たちの言葉」を「自分の言葉」として著書に書き写し、それを堂々と売ります。スピリチュアル読者もそのことに気づいていると思いきや、気づいていない人が多いようです。

 シッカリとした神学、哲学教授や思想家、研究家であれば、他人様の言葉を引用元を明かさずに著書に書くことはしません。もしそれをする時は必ず「誰それは、あの著書のなかでこう書いている」「道元禅師正法眼蔵のなかでこう書いている」など、自分が学んで知った著書を明らかにします。そういう学術書を読む機会があれば、その部分にも注意して読んでみて欲しいと思います。
 日本人の講演者の方たちは偉いですね、「弘法大師(空海さん)は、このように言っています」「道元禅師は、このように書きました」など、シッカリと引用元を明かす人がほとんどですからね。しかし、欧米のスピリチュアル作家は、この部分のモラルが欠如しているようです。

 私見ですが、『神との対話』が代表作のスピリチュアル作家ニール・ドナルド・ウォルシュは、まだ良い方だと思っています。そのわけは、彼が著書のなかで「ディ−パック・チョプラの本を読んでみな、彼は素晴らしいことを書いているよ」と“神”の口を借りて話しています。「“神”というのは、実は自分(ウォルシュ本人が学んで知った知識のまとめ)だよ」 ということを暗に表明しているようなのです。しかし、注意深く読むと分かると思いますが、その他にも様々な東西の思想家、神秘家、宗教家の先人たちの言葉からの引用がうかがえます。その全てを明かさないのは頂けないと感じています。

 彼の著書で、とても分かりやすいと感じた部分は「原爆について」です。その発言のオリジナルは、SPRに数々の詐欺行為を指摘された神智学協会の代表者ブラヴァツキーを師とするアリス・ベイリーの著書からの引用だろうと思います。「性の問題について」は、ラジニーシ(OSHO)からの引用でしょうか。ラジニーシ自身も哲学教授なので出所は一つではないと思いますが、そのような印象が強いです。その他にもオカルティストな要素が強いグルジェフ、スピリチュアリズムニューエイジエドガー・ケイシーインド哲学大乗仏教密教語録などからの引用など、それらを“神”の口を借りて話させています。

 90年代に語り始めた“神(ウォルシュ)”は今も“その口を使い”語り続けています。なぜ語り続ける必要があるのか、それは「真理」ではないものは、日々ウォルシュの独学と知識の詰めこみによって更新しなければ間違いが出てくるからでしょう。彼の著作の読者で、すでに気づいている方たちは賢明で何よりだと感じます。ウォルシュ自身、日本の高僧たちの著作も翻訳書を通して随分と学んでいるのだろうと感じます。空海さんや道元さんの発言内容と似たものも見受けられるからです。

 欧米の思想研究者たちは日本の宗教家たちの著作を貴重な思想書だと高く評価しています。「灯台下暗し」といいますか、日本人のわたしたち日本の高僧さんたちの価値が分からないのでしょうね。例えば、OSHOラジニーシでさえ道元「正法眼蔵」を読んで、その解説をしているくらいです。講話をするのは自由ですから、どのように解釈しても自由なんです。

 日本人の禅僧が書いた内容をウォルシュの神やOSHOから学ぶというのは、何と言うか痛い話ではないでしょうか?

英知の教育 わたしは痛い思いを数々経験しました。この経験はブログを通してお披露目し続けていますから、皆さんと共に学ぶブログだともいえます。「ウォルシュから学ぶ、それでかまわない」という人は、引き続きウォルシュの著作を読めば良いと思います。ただ、このウォルシュのようなことを行う人たちを、クリシュナムルティやダスカロスならば拒否するでしょうね。

 例えば、クリシュナムルティは、あらゆるレベルでの権威者の容認への拒否を訴え続けました。「悪意のない真摯な態度での拒否」です。

 私見ですが、本当の現実に気づく(アウェアネス)ということは「楽しい」ことでも「ワクワクする」ことでもないのです。まして、「地球を救う光になる」ことでもありません。 
 気づくと「ツマラナク」なります。霊的なことへの興味はあるけれれど「ツマラナク」なります。しかし、「クダラナイ」という気持ちではありません。

 仕事仲間に美大生時代にグルジェフなどの神秘学にのめり込んだ40代前半の方がいます。その方は、今ではグルジェフや霊的なことを「クダラナイ」ものだと思うようになったと休憩室で面白おかしく話していました。この状態が良い悪いというわけではなく、気づくという段階では「クダラナクなる」「ツマラナクなる」かの二通りの精神パターンがあるということなんだろうと分かりました。

 現実に気づくと、浮ついたものがなくなります。



 ここまではウォルシュについて多くを書いていますが、彼ひとりだけではなく、このようなことを行っているスピリチュアル作家は欧米を中心に「ベストセラー精神世界本」として輸入されてくる精神世界、チャネリング系の本のほとんど全てだと話しておく必要があります。ウォルシュは90年代から広く活動し続けている有名なスピリチュアル作家なので、主題として名前を一番に挙げさせてもらいました。

 「誰がホンモノだろうか?」「彼がホンモノの霊的先導者(スピリチュアル・リーダー)に違いない!」など、多くの人が「ホンモノ探し」に夢中になっています。その著作を読み続けているうちは、アメリカ先住民の部族社会で言うところの「ヘヨカ的な視野」というものは育ちません。少し話が長くなっていますが大切な話なので、さらに続けます。

 「ウォルシュの次は誰だろうか」「新しい霊的理論を話すスピリチュアル本はないだろうか」とスピリチュアルな人たちは、次の先生探しを始めます。次がグルジェフだったりクリシュナムルティだったりすることもあるかもしれませんが、『神との対話』の神が取り上げた「奇跡のコース(ACIM)」が、今一番スピリチュアル雑誌に取り上げられていますから、それらに興味を示す人もいるでしょう。「奇跡のコース(ACIM)」とは、1976年代に心理学者たちがキリスト教の教えに幻滅を感じた信者たちへの新しい信仰形態として心理学的見地に基づいて書きまとめたものです。

 このACIMは、本当に良くまとめられているように感じます。ACIMの主な引用元は観念論で先見の明がある東洋の宗教であるインド哲学(おもにヴェーダーンタ学派)&大乗仏教(密教も含む)、キリスト教神秘主義、心理学、プラトン哲学などからの教えを、ACIM製作者たちが編集したものだといえます。それらの教えを「イエス・キリストの口」を借りて語っているものです。

詳しくは、中村元先生の著著『空の理論 大乗仏教』『ヴェーダーンタ思想の展開―インド六派哲学』、道元『正法眼蔵』などを参照して下さい。そして「空 ⇒ 愛」「仏性 ⇒ キリスト」など言葉遊びをしてみて下さい。そうすれば、わかってきます。編集工学の松岡正剛さんも、そのようにして人類の編集を俯瞰で読んでいるようです。「空」「無」などについては、『空の理論』に懇切丁寧に書かれています。ふつうの意味ではありません。また、道元さんも「空」「無」について丁寧に語っています。道元「小乗や外道が言う、なにも無いわけではない」 です。


 なぜ、そのようなスタイルを取ることになったのか?

 そのわけは、ACIM制作者である人物が、東西の思想、神秘学、エドガー・ケイシーなどに代表されるチャネリング(交霊文書)などを学んだところも大きいのでしょう。 それがアイデアの原型になりました。

 そうして出来上がったものが、イエス・キリストが東洋思想のインド哲学や大乗仏教の教えを語るという文章形式の、何とも面白いアイデアのテキスト群です。なぜそのようなことをしたのか? そのわけは、敬虔なクリスチャンが東洋思想を嫌悪感なく受け入れるための「ウソも方便」だと考えてください。「方便」というのは仏教用語で言う所の、「衆生を救済するための様々な方法」といわれているので、イエス・キリストではなくインド哲学や仏教の教えでもそれがクリスチャンたちの救済のためになるのであればと、そのような想いから考え出されたものでしょう。しかし、残念なことに東洋思想の研究をおろそかにしてしまったためでしょうか、聖典の英訳をそのままの意味で捉えてしまったせいかもしれませんが「この意味の取り違えによって問題点が数々存在しています」、この問題点を知るためには中村元先生などのインド哲学、仏教、空海さんや道元さんの著作の解読した知識が必要になります。「この世には意味はない」といいますが、これはそのままの意味ではございません…悪しからず。 上記の本を参考に丁寧に読んでみてください。

 キリスト教神秘主義、インド哲学(ヴェーダーンタ学派)、大乗仏教、心理学、プラトン哲学からなるACIM、チャネリングによって生み出されたわけではなく、これら制作者たちの意図した形で編集されたテキストということです。

エソテリック・ティーチング  スピリチュアルの現実に気づくということは、クリシュナムルティや空海、道元、ダスカロスのいうように冷静に世界の真実と向き合い、偽りのものを避け「真摯な気持ちで拒否」することのようです。「悪意のない真摯的な拒否」を行えるような精神を養えるようになることも必要なものです。

 「神との対話」「ACIM」の先生ごっこ、生徒ごっこというのは楽しいかもしれません。皆で集まって同じことを学ぶ姿勢というのも心が癒されるかもしれません。しかし、そういうことではないようです。すこし大人になり、そのようなものから離れてみるということも大切な「真摯な気持ちでの拒否」につながるのかもしれません。

そして、あとは独りで歩むことができるようにもなります。

わたしの言葉は、「いい」とか「わるい」というものじゃないんだ、君が心を開けば、それは真実なんだから…。

上記は、わたしが神からインスピレーションで受け取った言葉です。是非、大切に受け取って下さい。
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2009.01.10 Saturday | Category[2]スピリチュアル:神との対話 | comments(1)

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| kenji otsukaさん | 2015/10/07 1:18 PM |










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