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飼育された生き方のあなたへ〈スピリチュアルとは何か?〉
中田英寿は、こんな生き方はしていないはず。
金持ち貧乏関係なく生き方を少し真面目に考えてみよう。
長い抜粋なので読む気のない人は続きをクリックしても意味がないので、やめておきなさい。ただのクリックの無駄になるだけだから。
あるサラリーマン(OL)が、日中クタクタになるまで働いて、満員電車に揺られて帰宅したとします。家では食事をとって風呂に入り、ゴロンとなってテレビをつけるとしましょう。そこではニュースをやっていたり、スポーツ番組をやっていたり、娯楽番組やドラマをやっているでしょう。チャンネルをコロコロ切り替えて、どこかの番組に落ち着いて、つい見入ってしまい、いつの間にか就寝時間がやってきます。

そこでは多くの場合、欲望を駆り立てる内容が放送されていますから、欲求不満が無意識の中に貯まってしまうので、翌朝の目覚めは決して良くないことが多いのです。これは潜在意識に刷り込まれる(インプリント)から、なかなか気がつかないのですが……。この「テレビを見ている時間」というものは、私たちは放送局が仕立てたメニューを受け取るばかりです。大抵の人は、それに反射的に、そして多分、感覚的に反応するだけの時間を過ごすのですから、この時間の中では、ほとんど「自分を振り返る」とか、「自分は本当は、どう生きるべきか」などと考える時間はありません。仮に少しそれを感じる局面があったとしても、すぐに次の画面に移行していきますから、自分が何を考えていたかすら忘れてしまうのです。

一体、これを人生の間中、ずっと繰り返すとしたら、その人の人生というのは何なのでしょうか? テレビ局に差し出されたままの(精神)レシピの料理を食べて生きている……。これでは、まるで鶏舎に囲われ餌を与えられて生きているニワトリたちと同じではないでしょうか? 少なくとも、心の世界から見るとそうなのです。

では、昼間の働いている時間とは?

これは「働かざる者、食うべからず」の論理がありますから、ある程度はやむを得ないことです。でも、ここでも昔から語られている言葉が登場して来ます。

「生きるために食っているのか?」
それとも
「食うために生きているのか?」

人それぞれに個性があり、生きる目的があり、それらは非常に異なったものです。それなのに、与えられたレシピ(そこに「学校」とか「教育」という高尚な名がつこうとも)だけで生きていくということは、その人の永遠の人格が決して許さないでしょう。[⇒ 永遠の人格 ]そういう生き方をしていると、きっと、その人が生き方を考え直さざるを得なくなる出来事に遭遇することになるでしょう。それは何かの臓器の故障による病気の中長期の入院になるかもしれませんし、交通事故になるかもしれません。

私たちは、はっきり自覚しないといけないのです。 「私に代わっていきてくれる人は誰もいない」ということです。そうならば、自分自身の個性と、その独自の道を歩む方法を見つけなければいけません。その第一歩とは何でしょうか?

そうです、それは1日のうちに「自分の時間を持つ」ということです。与えられたレシピで生きない、自分自身で選択したことについての時間を過ごすこと、自分自身を振り返る時間を持ち、自分の魂にとって必要な学びの時間を持ち、つまり自分の意識をしっかり自覚して、その時間を過ごすことです。この時、私たちの人格は、真の向上を始めるのです。 誰かがしつらえたレシピの料理を食べるだけのロボット(サイボーグ=生物ロボット)から、真の人間への回帰を開始するのです。

そして、もうひとつのことを、はっきり決めましょう。

「自分の価値は自分で決める」ということです。

誰かが、あなたをけなしたとしても、劣った人だと決めつけたとしても、あるいは社会の価値観があなたを受け入れなかったとしても、気にすることはありません! あなたを批評するどの人も、決してあなたの代わりに生きてはくれないのです。であれば、自分の価値は自分で決めないと、あなたは自分が生きていることにはならないのです。

この「自分の価値を自分で決める」ためには、1日がどんなに忙しくても、どうしても「自分の時間」を持つことが必要になってくるのです。もちろん、周囲の人や社会との協調は必要になってくるでしょう。それは大切なことです。しかし、そこで「自分の価値観」を捨ててはいけないのです。ここが「自分の人生を生きる」最も大切なポイントです。

参考までに、今、苦しみの中にある方へ、ドイツの哲学者カントの言葉をご紹介しておきましょう。

「苦悩は活動への拍車である。そして、活動の中にのみ、我々は、我々の生命を感じる」


『古代マヤ暦の暗号』 より
中田英寿は宗教や神には興味がないと雑誌の対談で話していた。彼は恐らく哲学者なのだとサッカーをしている時から、そう見ていた。他の選手とは生き方が違っていた。批判されたとしても、それは自分の哲学だとしていた。ただ時代に流されるのが好きな人間ではないと私は観察していた。彼のことは尊敬に値する。目つきは悪いが…(笑)。

その姿や言動が垣間見える映像を見つけたので3つとも観てみてはいかがだろうか。中田がアフリカ人のサッカースクールで少年達に自分の生き方(哲学)を話していた部分が印象的だ。人間が出来すぎている。






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