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スピリチュアル本は数限りなくあります。素晴らしい本を全て紹介し切れませんが一部をこちらで紹介します。こだわりは「百害あって一利なし」。読書が嫌いな方は以下のものを読んでもらえればスピは十分だと思います。

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スピリチュアル勉強家との対話
あるスピリチュアル勉強家の方と、数少ないやり取りをさせてもらった。その方はハンドルネームだが、「鈴木さん」としておく。この方は、私が随分と前から「注意して下さい」と注意書きをしていたが、その注意を理解していない方のように思われた。なので、みなさんのためにも僕の人を無視しておけない性格からも、これらのやり取りを記事にしようと思いました。

鈴木さんからのはじめてのコメントはこのようなものだ。
はじめまして。

「あるヨギ」やクリシュナムルティーなどなど、読んだことのある本がたくさん紹介されていたので、ブログも読ませていただきました。

「神との対話」も好きな本のなかのひとつなんですが、テルテルさん的には、「?」と思われるところがあるように感じました。

私個人としては、神との対話を「個人的な事柄や課題」(特に1冊目)に関して書かれている部分を参考にしています。

いろんな意見を聞いて勉強したいので、よければ「神との対話」で「?」というか、ちょっとテルテルさん的には違うなって部分があったら聞かせてもらえませんか?

それと、これだけ紹介されている本が充実しているのに

「解脱の真理」「キリストのヨーガ」「心身の神癒」「ヒマラヤ聖者の生活探求」

のどれも触れられていないのが、不思議でした。左の推薦本のなかに入るぐらいの名著だと個人的には思っているのですが・・・(笑)

たぶんご存知だと思いますが、テルテルさんはあまり好きな本じゃなかったですか?
この鈴木さんは、「神との対話」が好きだったようで、その部分で私が疑問を持っていると感じたのだろう。あくまで「勉強したい」と低姿勢なコメントだけど、後ろのコメントから流れてくる意識は「高慢」なものを感じさせ。よければテルテルさんの「?」と思っている部分を聞いてその疑問に答えてあげるよと言っているようだった。私は無意識に、そう読みかえていた。

私は「勉強したい」というところにも嫌悪感を抱いていた。

私が紹介している推薦本を「なめた」のだろうか。高慢なコメントは更に続いた。「私は、この4冊を知っている。こんなに沢山の本を紹介しているのに、この4冊を知らないなんて甘いんじゃないのか」 、こう読み取れた。数多くの本を知っている、読んでいることに喜びとプライドを持ったタイプの方だと感じられた。

そのため、その「高慢」や「プライド」に触れるようなこのような返信を送らせていただいた。そしてスピリチュアル本を読みまくっているオタクやマニアの誰もが馬鹿にする美輪明宏さんや江原啓之さんを推薦した。 その意味もおそらく伝わっていないかもしれない。
はじめまして、鈴木さま。

「神との対話」のことですが、「?」ではなくウォルシュさんの話から流れてくる意識みたいなものが本にはこめられていると鈴木さまもわかると思うのですが、 その深層に薄く気づいてしまったのでオブラートな記事で紹介しています。

その言葉を、そのまま書くと恨まれ役になってしまうので控えています。僕と同じ深層に気づいた方が著書のなかで語られています。そちらをご覧下さい。よろしくお願いします。

『内在神への道』―P294
ここに書かれています。
「あっ、同じことに気づいた人がいた」と思いました。

あぁ、マクドナルド・ベインとかのヒマラヤ系ですね。
実は気づかないところに隠れて紹介しています(^-^)
暇なときに探してみてください。
キリスト教系の話がお好きですと
『メッセンジャー ストロヴォロスの賢者への道』も既読ですか?
『キリストのヨーガ』『神癒の原理』なオヤジを取材した本ですけど(笑)。キリスト系ですと結構、このオヤジが好きです。

ウォルシュさんよりも江原啓之さん、美輪明宏さんの本をおすすめします。 その理由もうえで紹介した本と『内在神への道』と同意見です。

私は前は理屈が好きだったんですけど、理屈で歩む人はどうもダメなようです。 鈴木さんにも『〈神道〉のこころ』をおすすめします。葉室さんのような生きかたができれば、運命が変ると思います。

理屈ぬきで
キリスト教 < 仏教 < 日本人の心の道〈神道〉

これが私の探究の最終点です。理屈ぬきなので、なぜだと問われると上手く話せないですが、そのうち記事にでも書こうと思ってます。
この後、何の返答もないまま数週間たったので、いまだにブログを閲覧されているかわからないが、呼び水を打ってみた。あれから人間が変られたか知りたかったからだ。
クリシュナムルティを知っていて、なぜ君はニューエイジ に手を出すのか。それもわからない。なぜニューエイジを試験問題を憶えるように項目立てて暗記しようとするのか、それもわからない。

いつかコメントをくれた君へ。
こう書けば、読んでいたら何らかの反応があると思っていた。

鈴木さんはブログをいまだに読んでいた。そしてコメントをくれた。しかし、その内容を眼にしたとき私は凍りついた。何も伝わってもいない、何も変ってもいなければ、さらに深みへと導いてしまっていた。
紹介していただいた「内在神への道」を読ませていただきました。

あのような本を読むのは久々だったので、懐かしさと逆に新鮮さを感じました。

いま感じる真理のひとつの極点は「感謝」だと感じているので、「感謝想起」ということを推奨されているのは嬉しく思いました。

勝手に想像するのは失礼ですが、予言(実際にそう感じられているにしても)っぽいところや、相手の知らないところでリーディングし、それを公表するということに好感をもてない方がいるのかもしれません。

本を読んでいるとき、クリシュナムルティを読んでいるわけでも、ニューエイジを読んでいるわけでもありません。ただ言葉としては使うことはあるとしても。

テルテルさんもそうだと思いますが

どんな文章、どんな場所、どんな出会いからも神を感じます。

クマのプーさんのひとことにドキッとしたこともあります(笑)

「上見ずして、下はなし、下見ずして、上はなし。上下なくして、何もなし」

経験上「陰極まれば陽となり、陽極まれば陰となる」を感じるので、様々な自分を表現しては楽しんでいるのかもしれません。

「<神道>のこころ」と「神道 感謝のこころ」も読ませていただきました。

日本人のDNAが関係するのか神道は心への浸透率が高く感じます。


すばらしい機会をいただいたこと感謝しています。ありがとうございます。

P.S.誰かが「神について、「わからない」というのは、わかったことである」というようなことを言っていた人がいたような
はじめの赤い部分などの意識から流れてくるものは、こうだった。誰にでも読み取れるようにあからさまにコメントをしているのだろう…。

あんなスピリチュアルの初歩的な本を読むのは久しぶりだったから新鮮な気持ちになったよ。最初から「感謝」なんて知っていたからね。それが書かれていて当然だと思っていた。はじめから知っていたからね。

「神との対話」を読んでいるときも、クリシュナムルティを読んでいるときも、その本を読んでいるわけじゃないんだよ。君にはわからないだろうけどね。言葉として言っているだけさ。

テルテルさんもそうだと思いますが
以前、僕が使った「鈴木さまもわかると思うのですが」を変形した形でのコメントをしてきた。学習をしてきた成果なのだろうか。以前より賢くなっていた。そして、その後に意味のわからないことを羅列する。鈴木さんはほんとうに賢い人だ。私には理解できない。しかし、これだけはいえる。自尊心の高い人間は、自分の言葉ではない言葉をコメントとして使う。諺や古文を使って、自分の言葉に箔をつける。「何々曰く、何、何となり」。でも、昔の人は、それは現代語で使っていたわけで、それを口語で書けばいい。自分の言葉を使わない。

でも、「神道のこころ」をスピリチュアル言葉遊びに使うのだけは止して欲しい。これだけは言っておきたい。あなたは賢いし、僕よりも本を読んでいるし、諺も知っている。よくスピリチュアル言葉や理論を勉強している。でも、

神道のこころを遊びのための玩具(言葉)にしないでほしい。「心への浸透率が高ければ」、君からそんなコメントが返ってくるはずはなかった。

私が一番上で最高だと紹介している本を二冊読み、それを駆使しはじめていた。その神道の本から得た言葉を遊び道具(言葉)にして欲しくない。君は必ず遊び言葉にする。コメントのなかでも遊び言葉として使い始めている。どんどん賢くなって言葉や理論を覚えている。それで遊ぶのだけはやめてほしい。お願いだ。

正直言う。どんな文章、どんな場所、どんな出会いにも神を感じていたら、鈴木さん…あなたはどんな状況になってしまうのかわかっているのか。もしわかっていないのなら、それが相当鈍感な人なのか、相当スピリチュアルな言葉や理論でしか物事を考えられない可哀そうな人間なのかと疑ってしまう。P.S.の部分でも、とても人間的に嫌悪を感じた。スピリチュアルマニアやオタクがはまり込むものにはまりきっていた。たとえ話で書いておく。

僕がこう言ったとする。
「今日は快晴で気持ちいい〜!」

鈴木さんはこう答える。
「その言葉は、どこかで聞いた覚えがある」
「たしか、紀元前5世紀に或る賢者が言った言葉だ」
「その言葉は既に知っている」

今をまったく生きていない…。人間味もない。このP.S.のコメントを読んだとき愕然とさせられた。もう汗マークでコメントを返すのがやっとだった。どうしよう…こんなになってしまっていて…。無視しようかシッカリした返答をしようか迷ったぐらいだ。

また新しい理論を記事で教えた。「神なんて感じないんだよ」と、次はそれを覚えてかえってくるのだろうか。もう、これ以上、スピリチュアル知識人への道を歩むのは止してください。僕は鈴木さんよりも頭も悪い、高校だって偏差値45そこそこのところだった。そんな僕に張り合わなくても競わなくてもいい。本だって、紹介している本を全部読みきっているわけでもない。逆に本の内容を忘れようとしている。

鈴木さん、これ以上の深みにはまるのは止めておいて欲しい。
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スピリチュアルな想いを形に
2008.07.23 Wednesday | Category[2]スピリチュアル:コラム | comments(8)

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スピリチュアルな想いを形に
2019.09.01 Sunday | Category- | -

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こんにちは!

いつもありがとうございます。

ありがとうございます。

暑中お見舞い申し上げます。

ここ最近、このタイプのスピリチュアリストという方が増えましたね。

多分、テルテルさんよりも私の方が良く知っていると言いたかったのでしょうね。

それならそれで、おしまいにすれば良いのにね。

本はやっぱり、本ですから、「体感」ではないですからね。

好き嫌いがあって当たり前だと思います。

活字が多いのが好きな方もいれば、エッセイ風な書き方をしているのが好きな人もいるでしょう。

でも、何万冊の本を読んでも、分らない人は分らない。

学がない方で、禅の6代目になった慧能師は、有難いお経を聞いただけで、悟ることが出来ましたからね。

まずは、自分との対話が一番必要ではないでしょうか。

謙虚に生きる人は、本だけからでなく、森羅万象のあらゆる場所から、学べることを嬉しく思い、さらに研鑽を重ねて行くと思います。

☆ブルガリアのクレボヤンスの方の連絡先、教えて下さい。よろしくお願いします。

ありがとうございます。



| カズコさん | 2008/07/23 11:17 PM |
管理者の承認待ちコメントです。
| -さん | 2008/07/24 3:49 AM |
輝々さん、こんにちは。ブログを読ませて頂きました。う〜〜ん、こういった問題は難しいですね‥‥。何かを探究していると同じ分野を学んでいる人達ですら仲が悪くなってしまう光景を見たことがあります。私が感じたことなんですが、多分、この鈴木さんって人も悪気はなく(気づいていない)、本当に思っていることを書いただけなのかもしれません。実は、こういった話をする経緯がありまして‥‥私事なんですが‥‥知人とメールすると高慢な文章が見受けられ、私はかなり腹が立っていました。でも、直接会話をすると真面目で誠実な人だったんです。なのに、またメールになると高慢さを感じてしまうんですよ〜〜。で、自分なりに考えた結果‥‥知人は孤独なタイプで真面目な人なんですが、こう、人に接するのが下手といいますか‥‥(あまり情緒的ではなく論理的な人なんです。)悪気はないけど人の心のヒダに対して無頓着な感じがしました。多分、それが高慢に感じてしまうんだとも思いました。不器用な方だと思いますよ、鈴木さんは‥‥。私も、ちょうど経験していたので書かせて頂きました。こんなことしか書けなくて、すみませんでした。
| よしよしさん | 2008/07/24 10:46 AM |
傲慢な人間はどこにでもいますよ
患者の人間性の証は治療家の人間性の証といいますし
| 葦さん | 2008/07/24 5:08 PM |
今回の記事を何度も何度も読み返しました。

私がテルテルさんに抱くイメージは私自身なんだと気づきました。
それに気づくための出逢いだったように思います。

誤解を招くような表現をしてしまったことを反省しています。
不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。

個人的なやり取りでテルテルさんの大切なブログ読者の方々にご迷惑をおかけするのは申し訳ないので、今回の件は、これで最後にしていただければと思います。

勝手なお願いですが、お許しください。

このコメントへのお返事以外で何かありましたら、直接メールでやり取りできればと思います。(今はメアドがないので、お声をかけていただければ作成します)

貴重な機会を与えていただけたこと、感謝しています。
ありがとうございました。

――――
仮名・鈴木さんからメインネームでのコメントがありましたので、私の勝手な判断で名前を変更して公開致します。
| 鈴木さん | 2008/07/24 10:40 PM |
カズコさんへ

こんばんは。
暑中お見舞いありがとうございます。

カズコさんは本職ですから、人の文章からの意識とかを敏感に感じ取ってしまうのでしょうから、僕らふつうの人より嫌な感じを感じてしまったりするんでしょうね。

後ほど、返信いたします。あまりかんばしくない内容だと思いますけど(i-i)
――――――――
よしよしさんへ

いつもありがとうございます。
今回の件は、鈴木さんかたコメントが入ったので、そちらで「何で僕がこんなに個人的な方に個人的なメッセージを送ったのか」をお伝えしようと思います。

ふつうに高慢な人ならば、無視するのですが。今回はいろんな意味でコメントしなければダメだろ、という気持ちになったのです。

プライベートな話まで出していただいて本当にありがとうございます。僕も衝突経験は昔よくありました。
――――――――
葦さんへ

どうも、葦さん。
その諺、わからないです。ほんと読解力ないのでごめんなさい。
でも、ありがとうございます!
――――――――
鈴木さん、どうもコメントありがとうございます。

こんなに個人的な話しをしてしまっているのかといいますと、鈴木さんに昔の「嫌な時代の自分」をまざまざと見せ付けられたからです。その鈴木さんの状態と同じでした。そんなとき、あるアメリカ先住民の文化とつながりのある40代くらいの女性に諭されました「人間として生きたほうがいいよ」って、言葉は違うけど。

スピリチュアルにはまっている人は、人は経験して学ばなきゃならないとか言う人がいますけど、僕は言われなければ分からない馬鹿者ですから。それを感じてしまったからには僕なりに言わなくてはと「かなりキビシメ」に記事を書きました。不快感は昔の自分への不快感ですから冷静に一日考えて書いていました。鈴木さんは僕よりも馬鹿じゃないので、気づくのも早いんじゃないかな。

でも、なんだか伝わったのか伝わらないのかわかりませんが、今後とも仲良くしてください。これからハンドルネームとかも変えちゃって、いつでも新登場してくれることを心待ちにしてます。

いつでも厳しい突っ込みよろしくお願いします。俗っぽい記事をバンバン書けるように俗世間にまみれて生活しております。帰りの電車のなかでも、ちょっと肌の露出が大きい女の子の姿に「肌だしすぎだって!」と、ふつうの生活している者です。でも、綺麗めな子には視線誘導されてしまいます(汗)。これは今後の課題です。

今後ともよろしく!!
| 輝々さん | 2008/07/24 11:11 PM |
どう見ても鈴木さんよりあなたのほうが傲慢ですよ。

あなたが手放しで称賛している「内在神への道」の著者が、2chのオカルトスレで何をやってきたか、そして今現在も匿名で何を書き込んでいるか、御存じないんですかね?
| bさん | 2008/07/24 11:19 PM |
まあまあ、人間である限り、多くの未完全な部分は私にも、誰にでもあるのですから。

記事が良心のままに書かれたことなら、いいのではないかと思いますがね。それに、それがマイナスの種であれば、いずれ自分に返ってくるでしょう。種まき、難しいなと思います。

個人的に、テルテルさんに記事は、好きですよー。では。
| 整体Cさん | 2008/07/25 11:39 AM |










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