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スピリチュアル本は数限りなくあります。素晴らしい本を全て紹介し切れませんが一部をこちらで紹介します。こだわりは「百害あって一利なし」。読書が嫌いな方は以下のものを読んでもらえればスピは十分だと思います。

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スピリチュアルな鳥肌
最近わかったことですが。前回の「邪霊をよせつけない植物」と同じでスピリチュアルマメ知識なので、さらっと紹介しようと思ったのだけど、長くなってしまいました(汗)。

読書中やその他のときに起こる「眠気」「鳥肌」の生まれるスピリチュアルな原理です。
私の場合、この二つ「眠気(興味あるにも関わらず起こる場合のもの)」「鳥肌」には、このようなわけがありそうです。
眠気: 「要らない」「必要ない」「邪悪」のどれかにあたる。
鳥肌: 特別な何かを感じたときに起こる。理屈にぬきにとてもすごい波動を感じたのかもしれない。
鳥肌の種類は二つだと思います。危険や恐怖、寒気を感じたときに感じる鳥肌。映画の映像と音楽の相乗効果、クラシックや倍音の歌声を聴いてゾクゾクっとする鳥肌。この記事は今朝何気に「ある故人」の写真を見たときに起こった経験から書いています。

そのお方は先の記事でも最後の方に紹介した臨済宗の禅僧 山田無文老師のお写真を拝見したときです。これがスウェーデンボルグがいう「天的‐霊的スフィア(霊気)」 や音楽を聴いての鳥肌は同じなのかもしれないですね。
スウェーデンボルグの霊界日記―死後の世界の詳細報告書中国の禅僧またはヨギとの霊界での交流

私はベッドで六時間か、それ以上、甘美に、きわめて快く眠った。めざめたとき、私の上方の離れたところに、一団の中国人が、インド人がなわらしとするように足を組み合わせて座っていた。すると、私に以下のような声があった。

「天使たちは神と神の驚くべき〔属性〕とについて彼らに賢明に語りかけ、このことを彼らは非常に喜んで、平安の静寂のうちにいます」

ほかの者たちは彼らに近づくことができなかった。なぜなら、彼らの放っていたのは霊的‐天的な 霊気(スフィア)だったからである。私がめざめたとき、その一団は引き下がった。

*訳注:霊的‐天的な spiritual-celestial

 おもに知性的なものに関わる「霊的な」霊気と、おもに情愛的なものに関わる「天的な」霊気との、一種の中間形態を取る霊気。東洋人の霊的特性を示す特殊な言葉で、スウェーデンボルグ自身、まれにしか使用していない。

*輝々: もしかしたら中国人ではなく日本人かもしれないですね。西洋の人は中国と日本を混同する人が多いのでスウェーデンボルグもそうかもしれない。

『スウェーデンボルグの霊界日記』より
音楽は霊たちを大いに高揚させる

街路でバイオリンやハープといった弦楽器の奏でる音楽を、私はたまたま二度ほど聴いたことがある。その音楽は霊たちの心を非常に和(なご)やかにしたので、彼らは自分たちが天界にいるとしかほとんど考えなかった。

というのは、我を忘れたかのようになるまで、彼らは高揚されたからである。私は彼らの歓喜を認めたが、それはゆたかなものであり、今、私がこう書いているあいだでさえ、脈動する和音をもったあの弦楽器の音楽が耳に残っている。霊たちは、同一の者たちだとは見えないほど、この音楽によって変えられている。

それで、私は彼らにおどけてみせ、
「サウル王に取りついた悪霊が、ダビデの竪琴を弾くのを聴いたとき大いに変えられたことは少しも不思議ではないね。君たちだって同じように大いに変ったのだから」
と言った。彼らは、
「 私たちは、今は悪いことを何も考えられないし、また悪いことをできもしない、といった状態の中にいます。なぜなら、私たちの味わっている喜びは私たちの内部にまで染み透っているからですよ」
と答えた。

『スウェーデンボルグの霊界日記』 より
Heartbeat Best of KODO 25th Anniversaryダスカロスもクラシック音楽をたしなむ人だったそうだから、そのハイセンスな音楽がやっぱりいい意味で高揚感を受けていたのかもしれないですね。

雅楽とかでもいいと思います。私の妹が高校時代に和太鼓部に所属していたので、その影響で「鼓童」のCDを聴いたりするのですが、聴いていると鳥肌ものですから是非聴いてみてください。「鬼太鼓座」などもありますよ。
自己を見つめる―ほんとうの自分とは何か日本のこころ 〈神道と仏教〉

神に対する概念もなく、哲学もなく、ただ漠然とありがたいという、いかにも純粋だけれども、思想を持たないのが日本人です。

そして鏡のように、汚れのない、曇りのない、私(わたくし)のない心が日本の神さまの心ですが、その清浄な心とはどういう心なのか、どうすれば鏡のようなきれいな心になれるのか。

それをはっきりと教えてくれるものが仏教でなくてはならんと思うのであります。

山田無文

『〈神道〉のこころ』葉室頼昭さんも山田無文さんも日本が生んだ老師です。「スピリチュアルに理屈なし!」、もうこれは私の合言葉になりつつあります。

哲学や理屈をこねると神霊に嫌われちゃうんだよ。そんなことを続けると、どんどん神さまの真理から離れていって心が地獄になっちゃう。「考える人」って彫刻は最悪。素直が一番なのです。それがわからない人は、理屈をこねてキリスト教系の神学的なスピリチュアルの『神との対話』『神の使者』とかの理屈屋の王道を進んでしまう。 スピリチュアル哲学は百害あって一利なしです。ある神秘神道の老師は「キリスト教から離れよ!」と言ったりもします。「キリスト教では、あなたの運命は変りません」「でも、あなたは根が素直だからキリスト教もいいよ」と。

哲学は百害あって一利なし
つべこべ言わず、とにかく座れ

これが「日本のこころ」のスタート地点なのかもしれません。
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2008.06.29 Sunday | Category[2]スピリチュアル:コラム | comments(1)

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鳥肌の話、とてもよくわかります!私の基準も、それによるところが多いので…。

快いか、不快かで、判別しています。快い場合は、最初に強い冷気に総毛立ちますが、すぐに爽快感や一体感が生まれます。
IISのK氏も、「冷気を感じるときは、高級霊の働きかけの場合がある」と言ってましたね。

「実践と知識をバランスよく」が気功のお師さんの教えでしたが、感覚を研ぎ澄ます事も、大事な実践ですね。それが無いと、信じられませんから。(私は)
では。
| 整体Cさん | 2008/07/01 12:00 PM |










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