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スピリチュアルなセックスの真髄
Trobriand Islands / PNG「性とスピリチュアル」な記事が思いもよらない反響(既婚、未婚女性たちからのメール、コメント)があったので、さらに深く霊的なセックスというものを紹介してみたいと思います。

霊的なことを真面目に探究している方たちは、その真面目さゆえに、こと「性」のことに嫌悪をしめす傾向があると思いますが、ですから今回の記事と本は読んでいただければと思います。

* スピリチュアルなセックスを理解するうえで大切なことをさまざまな視点からのべていこうと思いますので、すべてに目を通していただくと理解が深まると思います。部分的に流し読みされますと、間違いの元になるのでお気をつけください。男性と女性に向けて要約したアドバイスも用意いたします。
霊的な探究をされている若いカップルや夫婦であれば、「セックス」を二人の存在を高め合う一つの実践だととらえることもできます。

セックスは大きくもなく小さくもない
正しく行いさえすれば「愛の波動を生み出すひとつの行為」

過去には、セックスによって悟りを得たりニルヴァーナ(涅槃)を得られると考え、間違った方向へ傾いた方たちもいたようですが、今なら大丈夫だと思います。

まず霊的なセックスを話してゆくうえで、私たちが現在の洗脳状態から脱却する必要性があるといいます。西洋諸国からの近代化、文明化のなかで知らず知らずのうちに洗脳されているからです。

animal sex現代の私たちが知っている(行っている)セックスは簡単にいうと「アニマルセックス」と呼ぶことができます。動物と同じ“交尾”というものです。別の言葉を使うならば「摩擦のセックス」「低いバイブレーション(振動数)のセックス」です。「ペニスとヴァギナを用いたマスターベーション」と言い換えることもできます。

アメリカからのポルノ文化の流入。洗脳の原因はポルノ映像などに見られるエンターテイメントとしてメディア(メディアという語源は霊媒、巫女などと呼ばれる意味)が作り出した「見せるセックス」です。今の日本人、わたしもそうですが、そのような「見せるセックス」を見本、手引として成長してきました。これが間違いのもとなのです。
愛のヨガ  英領ニューギニアのトロブリアンド島民は、文明人のセックスをからかって、男女の観衆の前で、忙しく、落ち着きのない、ぶきっちょうな文明人の愛のテクニックとしてマネしてみせる。お客は、この低級なセックスの演劇をおかしがるが、それは俳優たちが誇張しているのだと信じている。彼らの経験によれば、それほど準備不十分で、それほど本番を急いだら、どんなカップルもセックスを楽しむことはできないはずだから。彼らはこんな説明をする。
「一時間たつと祖先の魂(たましい)が目覚めて二人の結びつきを祝福しにくる」
このことの意味は、これらトロブリアンド諸島の恋人たちにとって、セックスを長びかすことは義務であり、祖先の霊に対する務めなのである。

『愛のヨガ』より

セックスは本当の意味で「神降し」「神霊との交わり」なのだと。
女性を依り代(よりしろ)に見たてた神聖な行為なのだということ。

優しく静かなオーガズムを迎えた女性の表情が菩薩のようなものに変わる。そのものが「神霊との交わり」なのかもしれない。

そして、私たち文明人が行うセックスは「悪霊降し」「悪霊との交わり」とも言えなくもない。たとえば、『メッセンジャー』シリーズに、この悪霊との交わりに近い逸話(いつわ)が書かれていたので紹介する、「現世を去ってもセックスでの快楽を忘れることができず、その快楽を求める亡者(男の浮遊霊)が女に憑依し、誰でも構わない男とのセックスを求めさせる」というような“セックス依存”のようなもの。そのようなことは本当にあるのだと。男性に取り憑くよりも女性である方がオーガズムは強く相手も手ごろにゴロゴロいることから女性に憑くのかもしれない。気軽に「セックスフレンド」や「ヤリ友」「援助交際」などとされているものが何者との交わりなのか、そういう警笛に聞こえなくもありません。

私は男ですし、聖人君子でもありませんから、アダルトビデオ(ポルノビデオ)を見たことも、もちろんあります。そのなかで、とても恐ろしい思いをしたことがあります。

それは、ある女性(一般の“セックス好き”を自称する女性)がプロの男性(男優)とのセックスの最中に、映画『エクソシスト』で悪霊に憑依された少女が見せる奇怪な顔、あの表情に近いものを現わしたのです。

その女性は執拗にクリトリスを刺激し、相手をしているプロ男性が物怖じするくらい恐ろしい「男性に近い唸り声のような喘(あえ) ぎ声」を上げてオーガズムを感じていました。本当に恐ろしいものでした。『メッセンジャー』で、そのような逸話を読んだとき、「なるほど」と感じたものでした。


話を戻しますが、優しく静かなオーガズムを向かえるためにポリネシアと呼ばれる島々の人たちはクリトリスへの愛撫は一切行わないといいます。その強烈な刺激によるオーガズムを「悪魔との交わり」と感じたのでしょうか。ユダヤ教では女子割礼(クリトリス切除)などもありますから、もしかするとそのことを理解していたのかもしれません。

インスタント・オーガズムは即時的で容易。幼稚なオーガズムだと彼らは考えています。「インスタント」と名の付くものが身体に悪いというのと同じなのでしょう。即時的なチャネリング(インスタント・チャネリング)を行うチャネラー(霊媒)も低次の世界からのメッセージを伝えると言われています。たとえば「チャンリングをおこないます。はい、出ました」のような…。日本では神霊からの神託を得るために巫女が食べ物もたち一昼夜待ち、明け方になって神託を得るというような神聖なチャネリングがあります。高い世界からもたらされるメッセージと高い次元でのオーガズムは同じなようです。

19世紀半ばにアメリカ人のジョン・ノイズが発見したセックスの技法「カレッツァ」という考え方では、ポリネシアの人々やアメリカ先住民たちが行ってきたものを論理的に示した例があります。その技法によると、
愛に関する十二章人間にはそれぞれ磁気の力があり、それがセックスを通して、相手の体に流れる、つまりセックスによって、磁気の交流がなされるというのです。

 男性器は磁気を交流させるときの導体であり、セックスの目的は男性器と女性器が深く静かに結合して、磁気がお互いの性器を通じで交流することにあるというのです。

 そういう考えのもとで結合すると、男女ともに性感がとても高まり、これまで味わったことがない、深く豊かな喜びに満たされるということを発見したのでした。

『愛に関する十二章』より
その理論を発展させ研究したアメリカ人医師、ルドルフ・フォン・アーバンは、ひとつの結論を得ました。
相思相愛で結婚した二人がベッドに裸になって、強く抱擁(ほうよう)しあい、愛撫しあったままなにもしないで過ごすこと一時間、真っ暗な部屋で二人が体を離(はな)すと、妻の体から群青色(ぐんじょういろ)の光が発せられているのが見えたというのです。妻の体から発せられた光とは、一体なになのか、アーバンはいま流行(はやり)の言葉で言うオーラのようなものと考えたのではないでしょうか。

 そして、夫婦にいくつかの実験をしてもらい、ひとつの考えにたどり着いたのです。それは「長時間、体を密着させておくだけでも、心の安らぎや満足感が得られる。前戯を行わず、いきなり性器の挿入をした場合、女性の体から発光現象が起きず、お互いに満足感はなかった」ということでした。

優しく静かなポリネシアンセックスがもたらすもの

 これは、「セックスの性愛機能ないし磁気機能は生殖機能とは分離されうる」というノイズのカレッツァ理論と一致するものでした。気をよくしたアーバンはキリスト教文化の影響を受けていないいくつかの未開の部族の性習慣を調査し、特に興味そそられたのが、南海諸島ポリネシア人のセックスのスタイルでした。

 ポリネシア人はセックスに限らず、肉体的接触をとても大切にする民族でした。例えば、母親は赤ちゃんを裸の背中に乗せて、仕事を行う。子どもは密着した母親の体から伝わる“気”によって、緊張感が和らぎ、安心して機嫌よくスヤスヤ眠る。また、子どもをなだめるために、母親がその子の背中を長い間さすって、気を静める習慣があるそうです。

『愛に関する十二章』より
ポリネシアでのセックス文化は、私たちの祖先である日本先住民の間にもあったと最近になって感じました。縄文時代や弥生時代などの日本人たちはポリネシアの人々のように「おおらか」で「おひとよし」な民族だったといいます。

いにしえの日本人がどのようなセックスを行っていたのか
その名残が言葉として残っているようなので、それを紹介します。

「まぐわい」 です。これは「セックス」 という意味の名詞です。その意味を調べると。

(1) 目を見合わせて愛情を通わせること。
「まぐわいして相婚(あ)ひたまひて――古事記(上訓)」

この名詞の解説にポリネシア人のセックスと倭人(先祖)たちのセックスとの共通点が浮かび上がってくるのです。セックスとは「目を見合わせて愛情を通わせること」。このことは『エロスと精気』でセックスを説明する部分と多くの点で符合することがわかります。
エロスと精気(エネルギー)―性愛術指南実際に結合するセックスは普通、5日に一度、中の4日はしっかり抱きあって、肌を密着させて眠り、性器の接触はしない。セックスをするときは、前戯や抱擁や愛撫に最低1時間をかける。お互いの心と体が緩んで、なじんだときに、女性の中に挿入していく。挿入した後は動かずに、じっと抱きあっている。じっくり時間をかけることが、南海諸島の性分化に共通している特徴です。

* 注意しなければならないことは愛撫の際は、男性は女性のクリトリスを一切刺激してはいけないということです。また女性は、クリトリスを刺激してくる低俗な男性などとは結婚しない、セックスを受け入れないことも大切だといいます。マスターベーションの際も、ヴァギナで感じることを知らないクリトリス・オーガズムは強く否定されています。

『エロスと精気』 より
お互いの体に触れて、愛撫を繰り返すうちに、相手の体から生体電子(気、霊気、プラーナ、エーテル・バイタリティー、オド、オルゴンなど)が流れ出て、それが性器を通じて交流する。生体電子の交流がうまく流れ始めると、幸福で満たされた結婚生活が送れるといいます。それは男女の体から発する生体電子を「陰」と「陽」の交流と考えることもできるからです。

この愛撫、前戯、挿入、結合の間に男女はなにを行っているのか。その深くまで探ってゆくと、その先には「愛情」という感情が織りなす霊的実践があることがわかります。男性は深層で自分の体と女性の体に意識を向け、女性も自分の体で男性の体に意識を向ける。この行為は多くの霊的な実践法。瞑想や気功などのワークと符合することがわかります。


瞑想に「集中する」という言葉を使う方もいると思いますが、本当の意味では「意識を向ける」と言う方が真を得ているといいます。仏陀の行ったといわれている瞑想法もそのワークを伝えています。たとえば、自分の「息」に意識を向ける。自分の「歩行」に意識を向ける。すべてのものに意識を向けるという霊的実践法なのです。また気を流すワークも同じように、体の下から上へ向けて“気”を流すというものがあります。これらと同じ理論なのです。
この辺りの霊的ワークを詳しく説明した西洋の神秘家の本がありますので、そういったことに興味がある方は画像で紹介している本を手にしてみてください。詳しく書かれています(Amazonでは品切れですが紀伊国屋などには在庫があります)。

ギリシャの哲学者プラトン は、この射精とオーガズムによらないセックスについて一般民衆よりも深く知っていたらしい論説があります。愛の性質についてのプラトンの対話篇『餐宴』から引用されていました。
「わたしの考えでは人類はぜんぜん<愛>の力の理解が行きわたっておらず、愛神(エロス)をおがむために立派な神殿や祭壇をつくったり大きな儀式をしたりはしない。愛神は、ほかのどの神にもまして、崇拝と名誉にあたいするのに、彼はいまだにぜんぜんかえりみられていない。
 とにかく<愛>は、すべての神々のなかで、もっとも人間の味方であり、傷をいやす医者であり、彼の治療こそ人類にあたえられる最大の幸福であろう。
 というわけで、わたしがのべてきたように、はげしく……愛と欲求にうたれると……一瞬間といえて自分でもわからない何かを互いにもとめあう。それはたんなる性交の感覚的よろこびをもとめて、ふたりがそのように真剣に献身しあうのではなく、互いのたましいがあきらかに渇望しあうのは、ことばではいうことのできない何かをもとめてなのである」
 この引用からあきらかなことは、プラトンは愛の関係には、オーガズムにおける男の精液と女の腺分泌液の放出以外のなにものかがある、ということをよく知ってたということだ。

 この「以外のなにものか」とは何か? それはいわゆる「精神的愛」として多くのひとびとがプラトンの愛を理解しているような、たんなる友情か? そうとは思われない。

『愛のヨガ』より
理趣経 (中公文庫BIBLIO)それが霊的なセックス、スピリチュアルなセックスの真髄なんだということが明らかにわかってきたのです。インスタント・セックス、即時的な売春婦とのセックスや遊戯感覚でのセックスでは、到底行き着けない<愛>の真髄からのセックスが、記事のタイトルにした「スピリチュアルなセックスの真髄」なのかもしれません。

日本の神秘思想家の空海 は、これら人間のセックスをひとつの経にしています。その経は「理趣経」といい、今でも真言宗や真言密教の一日の務めの始まりの大切な経として唱えられています。

「セックスにも神(霊)が宿る」

空海もそのことを理趣経として唱えたのかもしれません。物質的なセックスではなく精神の奥底での境地を語っているともいわれていますが、日本人の心のなかにある「アニミズム」への深い理解が、空海のなかにも流れているように思います。

しかし、その理解をできないひとびとは、ときおり考え違いを起こすものです。その一例として、こちらのサイトさまの記事は、とてもわかりやすいものでした。赤裸々に語っている記事なので、本当に感謝いたします。

◆ 主婦でもソープ嬢|ポリネシアンセックス

このような考え違いは、一般人に限らず霊的な知識を持ち、なおかつ邪心を持った人間に悪用されて世間に汚名を残す原因にもなりました。その悪例がオウム真理教セックス教団などのセクシャルなキチガイ教団によってです。間違えてもこの道には踏み込まぬようにご注意ください。教祖にたいしての性的奉仕などはまったくの低俗なものです。

最後に簡単にですが男女にたいして注意事項をお伝えしておきます。
アドバイス
クリトリスへの愛撫や接触は絶対に避けたほうがよい。そのオーガズムは幼稚なものであり、大人の女性ならば卒業しなければならない。もし、その部分を愛撫するような男性に逢ったら、その男性から離れた方がよい。またペニスだけの摩擦を行う男性も同じく離れた方よい。低次元での摩擦やバイブレーションは「気」の流れに必要ないと覚えるとわかりやすい。男性は、そのような愛撫を決してしてはならない。

『愛のヨガ』より要約
間違いの元にもなりますが、こういったスピリチュアルなセックスを扱う雑誌を読むのも良いかもしれませんが。あまりおすすめはできませんけどね。
TRINITY Vol.22 SPRING (22)
TRINITY Vol.22 SPRING (22)
必殺!愛の仕掛人
魂で感じ合う
愛の戯れ 秘め事全集
心・身体・魂の聖なる合体。
至極のスピリチュアル・セックス


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トリニティ22号
最後まで読んでくださってありがとうございます。
いつでも、あなたの信じる存在に感謝してください。

≪参考文献≫
1. 五木寛之 『愛に関する十二章』 角川書店
2. ルドルフ V. アーバン 『愛のヨガ』 新泉社
3. ジェイムズ N. パウエル 『エロスと精気』 法政大学出版局
5. ダスカロス 『エソテリック・プラクティス―キリストが遺した瞑想法とエクササイズ』 ナチュラルスピリット

≪関連記事≫
1. スピリチュアルな性教育(マスターベーション)
2. 霊的に「性風俗」や「援助交際」が危険なわけ
3. スピリチュアルなセックス
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2008.05.03 Saturday | Category[2]スピリチュアル:性とスピリチュアル | comments(2)

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大変興味深い話でした。やはり、どの分野でも真理に基づいた見極めが必要になるのですね。いつしか日本人は、この分野がタブー視されていると錯覚している人が増えてしまっていたのでしょうね。

以前から、日本の教育者はなぜ医学的なことを義務教育の時期に教えようとしないのかが疑問です。生きる上で、最も重要な分野であるはずなのに…。もっとも、今この国の医学は科学偏重主義的傾向がありますから、性的な分野を偏りなく子供に教えていくという事に関しては特に微妙ですけど。

人の批評をしたがる人は、たくさんの側面があることを知るべきだと思います。正しいことは人の数だけありますし、貴方の意見を見ただけで自分のスタイルを否定されていると感じてしまうくらい、現代人の情報の識別能力や勘はメディア任せになっているのかもしれませんね。無責任な人が多いのも、それの延長かと。ああ、そう言っている私も、同じ穴の貉かもしれませんね。(苦笑)では。
| 整体Cさん | 2008/05/06 12:37 AM |
管理者の承認待ちコメントです。
| -さん | 2015/09/29 4:56 PM |










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