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スピリチュアル本は数限りなくあります。素晴らしい本を全て紹介し切れませんが一部をこちらで紹介します。こだわりは「百害あって一利なし」。読書が嫌いな方は以下のものを読んでもらえればスピは十分だと思います。

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出雲神(イヅモカミ)の怨念
日本人の心「神道」というものはスピリチュアルな点からみても素晴らしいものがあります。

ダスカロスの教えのなかにある「霊-魂 (Spirit-Soul)」というものや「エレメンタル (Elementals)」というような用語、それぞれ、「霊魂(れいこん)」「気魂(きこん)」という言葉と同じ意味だと思いますし、誰でもが聞き覚えがありますよね。

ですが、その考え方というか「何が何でも日本一番」、「神国日本」みたいな気持ちを抱き過ぎると「国家神道(明治政府が人造した神道)」や「天皇」へ盲信する右寄りの方たちのような軍国日本的な霊たちを引き寄せてしまうのでお気をつけください。日本語の「気持ち」という言葉はダスカロス風にいえば「エレメンタルを持つ」ということですから。「気持ち」ていうのはそういった“死霊”や“物の怪(もののけ)”も引き寄せるパワーにもなるし、聖なる者も引き寄せることができるということなんですね。日本語の持つ意味は大きいです。

例えば三島氏の著作『豊饒の海』第二巻「奔馬」は、ある意味危ない(霊的波長を右派系のそちらに合わせやすくなる)ので読む際はご注意を。本にも波動があるというのは本当ですね。影響力というものは凄いものです。過去の経験から感じたものですが。

これは一例に過ぎませんが、こちらは天皇(ヤマト王権)への怨みを持った方々(低層界の霊たち)が何がしかの影響力を示した話です(チェックラインを引いておきました)。これから紹介する本とは違いますが、美輪さんは三島由紀夫さんに憑いていた霊たちの話なども『霊ナァンテコワクナイヨー』のなかで詳細に話されていました。ネタバレなので紹介はしません。

それでは記事タイトルの本の紹介をしますね。

*音楽を用意してあるので黙読のお供にでもどうぞ(音質はいいですよ)。

Amethystium  Ad AstraAphelion
宗教的怨念の怖さ

 例えば6世紀に権力を掌握した大和朝廷が周辺の集団を征服していった過程は、その全ては明らかでないし記録にも残っていないが、さぞかし大きな、そして執拗な抵抗に遭ったことであろうことは容易に想像がつく。

 その際に忘れてならないのは、古代社会においては≪祭政一致≫の生活、つまり宗教儀式の中で政治が行われていたことで、その背景にある信仰は絶対的な力で集団を支配していた。そうした集団が朝廷によって併合されていく中で多くの戦死者が出たことであろうし、逮捕後に処刑された支配者も少なくなかったことであろう。

 そうした死者たちが死の前後に抱いた怨念も、近代の世界大戦の戦死者のそれに劣らず強烈だったことであろうが、一つだけ違うことは、太古ほどその怨念に宗教的色彩が強かったことである。それを実証する一例をスピリチュアリズム的観点から考察してみたい。

 日本のスピリチュアリズムの基盤を築いた浅野和三郎については本文の随所で紹介していくが、新進気鋭の英文学者として出発した氏が、ある霊的体験から新興宗教の大本教へ入信したことは、当時のインテリ層に衝撃を与えるほどの大事件だった。常識的判断しか出来ない人間からは「浅野もこれでおしまいだ」とか「近代知性の悲劇」などと評されたものだったが、浅野氏自身は自分の置かれた立場と使命を明確に理解していて、その後、世界的舞台へと大きく飛躍することになる。

 浅野氏が大本教に入信したそもそもの目的は、教祖出口ナオによる≪おふでさき≫を解読することにあり、そこに霊的世界の謎を解くカギがあると信じたのだった。そしてその所期(期待していることがら)目的は間もなく果たされる。大本教を背後から支配している霊的勢力は古代出雲の豪族集団だという事実に確信を抱いたのである。即ち、朝廷に併合され無念を抱きながら他界して行った出雲系の支配者たちが、今度は霊界から支配することによって勢力を取り戻したいという願望ないしは野心に突き動かされていたということである。

 そのうっぷんが当時の天皇、即ち明治大帝への揶揄(からかい)の言葉となって≪おふでさき≫に出てしまった。明治31年11月30日のお告げにこうある。

  「昔の世は裃(かみしも)で、何かにの事が儀式が立って、規まりがよくついて居りたなれど、外国の教えが善いと申して、現代の大将までも洋服を着て、靴を履くような時節になりてしもうて」云々……

日本人の心のふるさと“かんながら”と近代の霊魂学“スピリチュアリズム” もしかしたら意図的だったのかもしれない。が、時代認識を誤った。日清・日露の戦役に勝利して意気揚がり、帝国日本への道をまっしぐらに突き進んでいた時だっただけに、官憲の目がそれを見逃さなかった。それが歴史上有名な≪大本教弾圧事件≫へと発展して行くのであるが、詳しくは後章に譲ることにして、ここで私が注意を喚起しておきたいのは、常識的判断では理解し難い新興宗教の勢力拡大の背後には、地上時代に何らかの信仰の狂信者だった者の集団が「夢をもう一度」という願望から働きかけているという事実である。

『日本人の心のふるさと《かんながら》と近代の霊魂学《スピリチュアリズム》 』より

日本人の成り立ちはアジア地域から渡って来たさまざまな民族の融合だということが判明しています。最も太古から日本の地に栄えていた民族は「縄文人」といわれている人々です。グレートブリテン島に先住民として住み着いたの先住民(ケルト人など)と考えると分かりやすいかもしれません。

キング・アーサーディレクターズ・カット版 (Blu-ray Disc)縄文人のDNAはミクロネシアと呼ばれている海の民たちとも同族らしく、西暦200年頃の倭人を中国人が見て、「身体に青い刺青(いれずみ)をしていた」と書かれているところを読んで、たぶんタヒチなどに伝わるタタウをした似ている姿をしていたんだろうと。一番上に紹介した『キング・アーサー』でブリテン島先住民を演じたキーラの画像は雰囲気を伝えるために使用してみました。この映画もとてもいいですよ。ローマ帝国時代とヤマト王権の時代は、ほぼ同時期でしょうから。

先住民が行っていた太陽崇拝、自然崇拝、巨石崇拝。日本各地にある巨石も、それらと関係があるといいます。巨石のあるところに神社を作った。これは後のヤマト王権が行ったことだと思うけど、そういった聖域があるんだろうと。

日本は平和的にひとつの国になったかといえば「NO」で、九州地方では熊襲(クマソ)、隼人(ハヤト)たちの反抗があり、中部から関東にかけては土蜘蛛(ツチグモ)、東北には蝦夷(エミシ)などの反抗部族が存在していたという。

有名なヤマトタケル(ヤマト王権皇太子)はクマソタケル兄弟(先住部族長)やイズモタケルを騙し討ちした話が神話として残っている。これがまた、本当に「酷い話だな」と思いました。歴史書っていうのはもともと勝った側から書かれたものですから仕方ないといえば仕方ないですけどね。
クマソタケルの征伐
イズモタケルの征伐

そういった衝突があり、先住部族がヤマト王権(中国、朝鮮半島から渡って来た部族集団系)に服従する形で「日本人」という形が出来上がってきたんだろうと思う。ヤマト王権も先住民族の精神文化を形で遺す(先住民の崇拝地、聖域に神社を祀ったり)。そうした形で共生していったんだと感じます。

日本ではお馴染みの「鳥居(とりい)」というものは中国の少数民族ハニ族の村などにも存在しているそうです。その鳥居は村の入口にあり「邪を祓う結界」として立てているといいます。

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スピリチュアルな想いを形に
2008.04.06 Sunday | Category[2]スピリチュアル:神道 | comments(6)

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スピリチュアルな想いを形に
2019.09.01 Sunday | Category- | -

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こんにちは☆
今日も興味深い記事を読ませていただき、勉強になりました!

そうですね、「神道は素晴らしい、日本古来の文化は素晴らしい」と声高に言うと
「あいつは右だ、ナショナリストだ」と言われかねない昨今。
スピリチュアルの観点からも「軍国日本的な霊を引き寄せてしまう」とは、怖いですね。

そして、日本は一般的には「単一民族」と言われていますが、やはり初期には
そういう悲しい歴史があったのですよね。帝国主義時代のヨーロッパ諸国や、
今まさに中国がやっていることと同じかもしれません。
「クマソタケル」「イズモタケル」の征伐のお話、読んでいて怒りを覚えました。
近代に入ってからも「アイヌ」や「琉球民族」、そして近隣アジア諸国にも同じ迫害を
してきたのですよね。

「キング・アーサー」はまだ観たことがありません。今度DVDを借りてみます♪
長々と失礼しました!
| Otraさん | 2008/04/12 11:07 AM |
こんにちは、Otraさん!

そうなんです。とっても帝国的な未成仏な軍人さんとかをワンサカ引き寄せてしまったりするので気持ち(心持ち)は大切だと感じるんです。

ヤマトタケルの話も実話として読むと、あまりにも悲しい話で怒りを覚えますね。歴史は繰り返すといいますけど、どこででも行われている蛮行なのかもしれません。

でも、最近気づきました。クマソの子孫たちが今の日本の原動力にもなっている。クマソの本拠地としている鹿児島、広島、宮崎など。明治維新は鹿児島、広島、高知が主役。

政治家で総理になるのは九州地方が多かったり。芸能界で今人気の蝦ちゃんもクマソの子孫でしょうから(笑)。クマソとか先住民は目が大きかったり、比較的彫が深いのです。

いろいろ逆襲もしているんでしょうね〜!
『キング・アーサー』はローマ時代のキリスト教のことなども取り上げていてまとまってます!
| テルテルさん | 2008/04/12 4:25 PM |
 裏神道の中心地、安来に行ってきました。イザナミ神を予感させるシーンが良くて書かせていただきました。
| 出雲旅人さん | 2009/05/11 1:52 PM |
初めてコメントをいれさせていただきます。
eyebrowsと申します。よろしくお願いいたします。

数か月前より少しづつ、ほぼ毎日、このブログを見せて頂いています。
ここで紹介されている本も数冊ですが、アマゾンで購入させて頂き、毎日読むようになっております。
いろいろと自身の至らなさや気づきや、省みることなど、学ばせて頂きました。
ダスカロスの瞑想も少しづつ始めました。(気づいたら寝てしまっていることもありますが、その中でどうやら夢をみているようですが…(泣))
このような学びのきっかけをありがとうございます。

今思えば、はじめは、初心者向けの軽い(?)記事(光の記事(?))ばかりを読んでいたと思います。しかし、このコメントを入れさせて頂いた記事など、闇の部分(コインの裏側(?))の記事を読み、初めて自分の欠けているものがわかりました。
そのお礼の気持ちを込めて、このコメントを入れています。
(もともとは、出雲の神主の家系だということも含めて、この記事にコメントを入れました…)

私は、いつのころからか結果を恐れるようになりました。
何をやるのにも不安を感じるようになりました。
(昔、昔はちょっとは違っていましたが…)

その恐れを不安を安易に(!)埋めることを求めて
きっとこのブログに辿りついたのだと思います…。

私に欠けているのは、自分です。
生きてゆく、生き抜いてゆく自分の意思です。
現実に対峙することを避けようとする自分です。
人を傷つけることを恐れていると思っていましたが、
それ以上に傷つくのを避けている自分です。
自分を愛していない自分です。
恐れや不安は、自分自身の姿です。

そんなことが、このブログを読まして頂き、また、拙いながら瞑想を初めて、
実感してきました。ありがとうございます。


これからも、このブログを見させて頂きます。

そして少しづつですが、私には、
気づいたことを、現実の生活に生かしてゆくことが
必要なのだと思っています。

このブログの(副)タイトルが
「今を精一杯に生きる…」に今更ながらに気づき、
涙がでました。


文章が長くなりました…。
申し訳ありません。

TeruSun様のご多幸とブログのますますの充実をお祈り申し上げます。
| eyebrowsさん | 2010/08/06 6:22 PM |
eyebrowsさん、こんにちは。お返事遅くなってしまいました。
ブログを通じて神霊的世界に触れてくれる方のお手伝いができてとても有り難い事だと思っています。霊的(スピリチュアル)な事と物的(マテリアル)な事の両面でバランスの善い生き方を志して下されば幸いです。
| Teru Sunさん | 2010/08/11 3:16 PM |
Teru Sun様

お返事ありがとうございます。

このブログより
Teru Sun様がいろいろな本をお読みになり、
自らの責任で取捨選択をしている姿に
自らの責任で考察し、決断で実行している姿を、
私は自らに足りないものとして
実行してようと(して)います。

私ごとですが、20年前、四国を巡礼(徳島のみの1国でしたがテクテクと(笑))を
したことがあります。その際、いろいろと不思議なことを体験しました。
それから真言密教に興味を覚え、たまたま真言密教系のお坊さん(霊能者)と
知り合うこともできました。

般若心経を覚え、いくつかの真言を覚え、弘法大師様の教えを本で学び…

しかし、心のどこかでは、なにか違和感(これ以上の説明は言葉ではできません)を
感じていました。

このブログでご紹介頂いた本を数冊読む中に、「〈神道〉の心」を読んだ時、
なにか自分の中で、あっ!という説明できないなにかを感じました。
それは懐かしさに近いかもしれません…。

特別なことは、なにも書かれていない気がしますが、自身の中にとても幸せな感覚が
残ります。


「〈神道〉の心」を読む以前の私とちがって
奇跡が欲しいのではない、人よりすごい力が欲しいのではない、
ただただ、私は、八百万の神々を少しでも感じて生きていけたら、
カンナガラで生きていけたら、生きたいと思っています。



Teru Sun様のますますのご活躍を心からお祈りいたします。
| eyebrowsさん | 2010/08/12 8:53 AM |










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