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スピリチュアル本は数限りなくあります。素晴らしい本を全て紹介し切れませんが一部をこちらで紹介します。こだわりは「百害あって一利なし」。読書が嫌いな方は以下のものを読んでもらえればスピは十分だと思います。

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スピリチュアル本は基本から読んでみましょう
まずはスピリチュアルの基本書から読んでみましょう。
音楽も用意してありますから、読書のお供にどうでしょうか。

Songs from a Secret Gardenこれから紹介するチャネリングメッセージは、自分のことを低級霊(ここでは“第3界”にいる霊)だと、はっきりと伝えたうえでメッセージを伝えてきています。実際は騙すことだってできます。「私は“神の遣い”であり。あなたたちに大切なメッセージをたずさえて参りました」 などと言い、チャネラーにイエスやブッダ、チャネラーの信じる神などのビジョンをみせる。 そうすれば、スピリチュアルなことを信じきっている人を簡単に騙すことができる。低級霊であればあるほど、いとも簡単にチャネリングできる。低級霊は相手を騙すために、それに適した、それらしいメッセージを伝える。 そういった本も大々的に有名な本 として出版されているのが実情。

話しは少しそれますが、動物愛護運動で生涯を終えた人(霊)などは、チャネリングによって動物の保護を訴えるでしょうし、これは賛成です。人権問題に生涯を捧げた人(霊)は、やはりそういったことを伝えてくるでしょうし、これも賛成です。

今、世間一般的に流行しているスピリチュアルに関係する本は、そのほとんどが浮ついた印象を感じます。誰でもが知っているようなスピリチュアル本やチャネリング本、洗脳的にメディアを利用して広がっているもの。私はそういった本を“推薦していません”が、あえて紹介しています。気づいてくださいね。 流行は創られたもの。虚構です。大々的に宣伝され広がっているものは真実ではなく、それを行なえば、実は遠回りです。

実際、ある賢者(菩薩のような人)は「マイペースに探究し、実践することが一番大切」だというようなことを話しています。そして「スピリチュアル本やチャネリング本のような書物(本)から取り入れた“愛”や“寛容”などの考え(観念)は、所詮(しょせん)は表面的なもの、一瞬一瞬の人生経験の中で精一杯生き、そのことに気づかない(気づくときがない)とムダである」とも話しています。

まあ、そういうことです。この記事を読んでくださっているみなさん、お互いに自己探究はマイペースに、生活は精一杯に、自分の思うように情熱的に生きてみましょう! たとえば、イチロー中田英寿 のように、好きなことを仕事にし、苦悩(好きな仕事だからこそ、苦悩も半端ではありません) し、努力し、精一杯に練習し、技術をつける。私も好きなことを仕事(その道に入るために楽ではない語れない話がいろいろあります)にする者の一人として、ホンの少し彼らの生き方の大変さがわかる気がします。



霊媒(チャネラー)のジェラルディン・カミンズ女史〔著作〕は自動書記の能力で著名な方である。自動書記というのは、通常の意識を引っ込めてトランス状態になると別の人格が、その身体機能をコントロールして、本人のまったく知らない内容の文章(メッセージ)を綴(つづ)る現象である。

私が、この現象を初めて目(ま)の当たりにしたのは、パイパー夫人*1 を霊媒として開かれた実験会において、私自身が司会役(さにわ)をした時だった。

このカミンズ女史による実験会で司会役をつとめたのは、女史の友人のギブス女史で、アイルランドに住んでおられるカミンズ女史は、イギリスに来ると必ずギブス女史の家に滞在されるという。

さて、そのカミンズ女史を通してメッセージを送ってくる霊の中に、最近、私の友人だったフレデリック・マイヤースと名のる霊からのものがあるという。ギブス女史もカミンズ女史も、生前のマイヤースとは一面識もなく、名前すらご存知ない。が、そのメッセージの内容に、お二人ともプライベートなメッセージの域を超えた重大なものを感じるという。

その中で私との友人関係が話題にあがっているので、ギブス女史は私に、その一部を送付し、このメッセージの発信者は、マイヤース氏に間違いがないかどうか鑑定してほしいとの手紙が添えてあった。

検討の結果、私は多くの点でフレデリック・マイヤースの特徴が歴然(れきぜん)と見られると断定した。例えばグループソウル(類魂説)は彼が生前から主張し、私と議論し合ったものと多くの点で合致(がっち)している。また、潜在的自我や再生説に関する部分も同様で、地上時代の彼が主張していたものと“同一”と断定するに十分な類似点が見られる。

一方、全体的に見て、述べられていることに理解に苦しむところや表面上の混乱も見られるし、本人も認めている通り、必ずしも絶対的に正しいとは言えない説もある。が、それはそれなりに彼らしい知性のひらめきがあり、正しく理解すれば意義ある内容を含んでいることは確かである。

真相を確かめるために、私は、それまで何度も出席している オズボン・レナード女史*2による交霊会に出席して、すでに他界している私の息子のレーモンドを呼び出し、今回のマイヤースとカミンズ女史との関係について質してみた。

すると、確かにマイヤースはカミンズ女史を通してメッセージを送っており、大体において用意していたメッセージを届けることができたが、正直言ってかなりてこずり、内容には必ずしも全てが正確とは言えない――まずまずの出来ではないかと思う、ということだった。

その中で私は死後の世界の中でも“サマーランド”と呼ばれている第3界を、彼が“夢幻界(むげんかい)”と呼んでいることについて、本当に夢まぼろしのような世界なのかと質してみた。と言うのは、そこに住んでいる霊からの通信のどれを読んでも、驚くほど地上界と似ており、花もあれば樹木も繁り、家並みも地上そっくりで、しかも欲しいものは何でも手に入るということは知っていたが、それが今ひとつ不思議に感じられていたからである。

主としてレーモンドを通して伝えられたマイヤースの回答を総合すると、そうした地上そっくりの環境は、他界してきたばかりの人間(霊)にとってはごく自然で親しみやすく感じられ、また、そう感じられるように意図的に創(つく)られている――あくまで一時的なものであるが、同じ意味において地上環境も一時的なもので、物質界の実相は人間が実際に見、あるいは感じているのとは違う、ということだった。

たしかに、知友の天文物理学者アーサー・エディントンは、我々の環境についても同じことが言えることを強調している。例えば、テーブルひとつを取り上げても、我々は固くて実質があって、いつまでも存在するかに思っているが、科学的に分析してみると、不規則に回転する電子の集団から構成されていて、しかも、その電子と電子との間には莫大(ばくだい)な空間がある――何気なく床の上に立っている時でも、我々は両足の下から原子による無数の衝撃を受けている、と言うのである。

普段の感覚では我々は、そうとは気づかないが、それは肉体という粗野(そや)な物質でできた感覚器官が固いと感じ、じっと立っているつもりになるように出来あがっているからなのである。我々は生まれてこの方ずっとそういう感覚に慣れてきていて、すっかり存在の一部となり切っている。だから、肉体を失ったあとも同じ感覚で環境を受け止め、急激な変化によるショックが和らげられている。

おまけに、記憶や性格や愛情だけでなく、物事の理解力もそのまま携(たずさ)えて行くので、死後の環境が少しも不思議に感じられず、地上時代の感覚がたとえ錯覚であろうと、死後の世界についても同じ錯覚が継続しているのである。したがって、マイヤースのいう第三界(夢幻界)の住民が、その環境を、我々が地上の環境を夢まぼろしとは思わないのと同じように、少しも夢まぼろしとは思わないのは当然なのである。その界層から少しずつ波動の高い界層へ行けば、地上界を含めた第三界までが影のような、儚(はかな)い存在であることを悟っていくが、少なくとも地上を去って霊界入りする者は、一気に実在の海に投げ込まれるのではないことは確かのようである。

夢幻界に続く、第4、第5、第6、そして第7界の叙述(じょじゅつ)は素晴らしいの一語に尽きるが、生前のマイヤースを知る私には、彼がその後の霊界での調査で、この程度のことを学んだであろうことは容易に納得がいく。そう確信して本書に、私が“序文”を寄せることを申し出たら、よろこんで了承してくれた。その辺りのいきさつレナード夫人による交霊会の記録から抜粋して紹介しておくのが妥当と思うので、それを最後に紹介しておく。

これは、私が息子のレーモンドが取り次いで語ってくれたことを、そのまま書き留めたもので、終わりごろにはレナード夫人のパワーが弱ってきたので、急いで簡略(かんりゃく)に書いたことを断っておく。レーモンドはマイヤースのことを、親しみがあったせいか、“フレッドおじさん”と呼んでいる。

1932年3月11日、レナード夫人宅にて。
2時間に及ぶ交霊会の終わり近くにて。

ロッジ
レーモンド、マイヤースさんがカミンズさんを通じてメッセージを送ってきているみたいなんだけど、その中でレーモンドのいる世界も“まぼろし”の世界だと言っている。本当だろうか、それに間違いないのか?

レーモンド
本当です。フレッドおじさんが、あの方を通してメッセージを送っているのは本当です。フレッドおじさんも今ここへ来ています。僕が代わって、そのことについて、お話します。間違ったら、おじさんがストップをかけるでしょう。今のところ、おじさんと(波動的に)うまくつながっています。父さん、こちらでは“条件”と“もの(マテリアル)”を創(つく)らないといけないんです。一時的に、です。心霊現象で物質化現象というのがあるけど、あれと同じ意味での一種の錯覚です。そちら(地上界)でも物的と思っているのは一時的なものです。見た目にも、手で触れてみても、つまり外見上はいたって自然です。この身体(と言ってレナード夫人がロッジの身体に触れる)も5感にしっくりきます。実質的には、こちらの世界でもまったく同じで、家や衣服などの“もの”を、魂にしっくりくるような暮らしや仕事ができるように、創(つく)るのです。一時的なものです。つまり意思表示の媒体なのです。地上の家や書斎、その他、なんでもそうです。それに慣れきっているから、同じ環境の方が居心地がいいだけです。つまり全てが錯覚なんだけど、今の段階ではそういう環境が必要なのです。

ロッジ
つまりレーモンドは夢幻界で暮らしているわけだ

レーモンド
父さんだってそうですよ。文字通り“まぼろし”の中で生きているようなものです。僕たちは、そちらの夢幻の世界の延長の中で暮らしていると言ってもいいのです。そうだな、ずっと先端の方かな。夢幻の世界の終わりで、実在界のすぐ近くまで来ています。実在については地上の人間より遙かに実感をもって、その存在を知ることができます。

父さん、霊的宇宙は実在の世界ですよ。霊も精神(意思)も常に実在の世界につながっているんです。それ以外のもの、つまり外部にまとっているものは、ある意味では当分のあいだ必要ですが、不滅の実在の観点から見るかぎり鈍重(どんじゅう)すぎるし、ホンの一時的なものです。僕は霊的存在になったといっても、まだ物的世界から完全に抜けきったわけではありません。依存の度合いが減ったというだけで、まだつながりはあります。

ロッジ
そっちの世界も物質的なものがあるわけだ。

レーモンド
 そうですよ、父さん。物質的ですよ。フレッドおじさんも、いつもそう言ってます。

ロッジ
エーテルと呼んではいけないかな?

レーモンド
そうだなぁ、これは難しい用語ですね。エーテル界は、まだほとんど探求されていません。エーテル界の内側にエーテル界があり、そのまた内側にもエーテル界があるというふうに、無数にあるんです。でも、どこまで行っても精神が主役である点は同じです。

ロッジ
精神の作用で全てが営まれていると、父さんは信じるね

レーモンド
そうです、すべてが精神の作用です。魂の発達に必要なものであれば幻影でも創ることができます。この魂のことを忘れてはいけません。魂こそが自分です、本当の自分です。父さん、しくじるのも、楯突(たてつ)くのも、愛するのも、憎むのも、良いことをするのも悪いことをするのも、みな魂なのです。(普遍的な霊の一部であ)霊は善悪を超越した存在ですが、魂はその霊(自我)が自分を表現するための媒体として環境や道具立てが必要なのです。そこで精神がそれを創るのです*3それで錯覚とか、まぼろしという誤解の多い用語を、霊界についても地上界についても用いざるを得ないのです。

ロッジ
すると、周りにあるもの全てが精神で創られているわけだ?

レーモンド
そうですよ、父さん。もちろん人間の精神ではありませんよ。大建築家(創造主)の精神です。僕たちだって、それぞれに建築家ですけどね。大建築家がエーテルの世界を創り、さらに物質の世界も創ったのです。霊は、そのエーテルと切り離すことはできません。

ロッジ
エーテルは霊にとって不可欠なんだね?

レーモンド
両者が切り離された存在は考えられません。今、フレッドおじさんに尋ねてみましたが、別々の存在は考えられないとおっしゃってます。エーテル界は実在界に所属するものだそうです。もちろん宇宙に偏在しており、地上界もその中に存在しています。生命のあるところには必ずエーテルがあります。

ロッジ
生命の媒体というわけだ

レーモンド
そうです、フレッドおじさんも、そういう言い方をしています――生命の媒体です。地上の人間がこうした事実を理解できるようになれば、大半の人間が恐れている死が訪れた時に、どこだか知れない怖い所へ放り込まれるのではないことが分かります。知らないから怖いのです。でも、知っている世界ではないのではないか――そうおっしゃる方がいるかも知れません。確かに知らない世界です。ですけど、よく似通った世界です。

自然界もそうですよ、父さん。自然界のものは本質的には物質界に所属していますが、それがこちらの世界にもあるのです。花もあります。樹木もあります。

地上の人間は大体において本能で生きています。こちらでは知性で生きています。盲目的な本能ではありません。植物や動物は、それこそ本能だけで生きていると言っていいでしょう。それが知性で生きる生命体とつながった時、つまり精神で自分の行為を規制し支配するようなった時、個的存在として死後の存続の資格ができたことになるのです。

ロッジ
インディビジュアリティ(個性)を獲得するわけだ。

レーモンド
その通りです、父さん。その辺に明確な一線がはっきりとひかれているのです。と言っても、本能がつまらぬものと言うつもりはありません。大きな自然の機構の中にあって、それなりの役目があると言っているまでです。地上でも本能によって立派なことが沢山行なわれています。

でも今日はいろいろ話ができて楽しかったですよ、父さん。フレッドおじさんともね。僕を通してだけど……。

ロッジ
今日はカミンズ女史にお会いする予定です。フレッド、君は5界、6界、7界のことまで述べてましたね?

マイヤース
ええ、述べました。大体において私の言いたいことは伝わったようです。現在のところではアレが精一杯です。

ロッジ
“序”を書くように頼まれているんだけど……。

マイヤース
お願いします。ぜひ書いて下さい。

(このあと気さくな別れ言葉を交わした。そして交霊が途切れた)

こうして(カミンズ女史でなく)別の霊媒を通しての証言を得て私は、本書が間違いなく死後の生命と真面目な人間がたどる界層についての本格的なメッセージであると確信して、自信をもって推薦するものである。“真面目な人間がたどる界層”と言ったのは、不真面目な人間、善意に欠ける人間がたどる界層もあるに違いないからである。

しかし人間の体験には限りがあるから、まったく体験のない世界のことについての情報を伝えるのは極めて困難であろう。また実際に体験したことでも、その解釈の仕方に間違いがないとは言えないであろう。

そうした要素も考慮した上で私は、本書がしっかりとした教養と献身的な奉仕精神と一点の曇りもない正直さにあふれた霊媒を通して、ほぼ真実に近い死後の実情を伝えんとした試みであることを信じて疑わない。


*1: このロッジ博士を始め当時の第一級の英米の科学者が調査・研究の対象とした霊媒で、研究に携わった研究者は一人の例外もなく死後の個性の存在を信じるにいたっている。

*2: パイパー夫人より少し後輩の同じく霊言霊媒(言葉でメッセージを伝えるチャネラー)で、ロッジをはじめとする多くの学者や科学者の研究対象にされた。フィーダと名のる若い女性の霊が取り次ぐのが特徴だった。

*3: 自分で創るのではなく、その道のプロの霊団(グループスピリット)がいることをマイヤース自身が本文で述べている。


『マイヤースの通信 永遠の大道』より
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2008.01.05 Saturday | Category[2]スピリチュアル:コラム | comments(0)

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