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ブッダの語る「第1、第2の精神集中」
仏教にも様々な宗派がありますから、そういったものに囚われたくないという信念から、ゴータマのオリジナルに近い教えを推薦本として紹介します。
原始仏典〈第1巻〉長部経典1 第一級の聖賢であり覚者(ブッダ)

500人の弟子との遊行、青年バラモンとの問答…。
さまざまな比喩を用い、民衆を仏の道に導こうとした
ブッダのこころが、今、よみがえる。
原始仏典 第1巻 長部経典1

本の内容を読む場合は続きをどうぞ。
第一の精神集中

 「〔さて、修行僧は、愛欲を離れ、不正なことをせず、また思慮(尋)と考察(伺)とをともなっているが、この世の悪から遠ざかり離れることによって生じた喜びと安楽をえて、〕第一の精神集中(初禅)にはいっています。かれは、この身体を、遠ざかり離れることによって生じた喜びと安楽で満たし、侵し、充満させ、あまねく満たしています。かれの全身は遠ざかり離れることによって生じた喜びと安楽でいっぱいになります」

第二の精神集中

 「さらにまたバラモンよ、修行僧は〔第一の精神集中の〕思慮と考察をやめることによって、心の内部で平静になり、心の一点への集中があり、思慮と考察とを離れた心の安定(三昧)から生ずる喜びと安楽をえて、第二の精神集中(第二禅)にはいっています。かれは、その身体を、心の安定によって生じた喜びと安楽で満たし、浸し、充満させ、あまねく満たしています。かれの全身は心の安定によって生じた喜びと安楽でいっぱいになります」

《続く》

『原始仏典〈第1巻〉長部経典1』より ― P190
私感

 私の感覚では「第一級の覚者」という印象です。彼の言葉からひしひしと伝わってきます。なぜ、近藤千雄氏やマイヤースの『永遠の大道』はブッダを否定してしまったのか理解に苦しみます。
彼は何も知らないのに、何かを知っていると信じており、これに反して私は、何も知りもしないが、知っているとも思っていない。

ソクラテス
 やはり思い込みなのかもしれません。ソクラテスも言うように知っていると思い込むことは危険ですね。マイヤースも思い込みの世界(無間地獄)、モンロー研究所で言われているフォーカス23もしくはフォーカス25にいる状況でのメッセージだったのかもしれません。時代は前進しています。

フォーカスの説明(坂本氏のサイト)
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スピリチュアルな想いを形に
2007.10.17 Wednesday | Category[2]スピリチュアル:ブッダ的なもの | comments(3)

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スピリチュアルな想いを形に
2017.08.15 Tuesday | Category- | -

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>マイヤースの『永遠の大道』はブッダを否定してしまったのか理解に苦しみます。

>マイヤースも思い込みの世界(無間地獄)、モンロー研究所で言われているフォーカス23もしくはフォーカス25にいる状況でのメッセージだったのかもしれません。

マイヤースの『個人的存在の彼方』の三章でのブッダの言葉の引用の文は、訳注によると『ハームズワース百科事典』からということです。
霊界の記録からではありません。

マイヤースの通信全体として見ると、マイヤースは決して思い込みの世界から通信しているわけではありません。

しかし、『個人的存在の彼方』におけるブッダとイエスの教えとの比較では、マイヤースの類魂における経験と知識の範囲だけにおける見解になっています。

スピリチュアリズムの通信においては、ブッダについて述べられたものが少なく、イエスの言葉については、霊界の記録による引用があるのに比べ、ブッダの言葉については、日本語に翻訳されている文献においてはありません。

それでも、他の通信では、「イエス大師、クリシュナ大師、ブッダ大師、すべて偉大な世界の師」、「ナザレのイエス、ゴータマ、ゾロアスター、孔子などが出現し、彼らの教えが地上世界に与えられた」、「イエス・キリストとブッダ・キリスト、両者は唯一のキリストの異なる側面の顕現で、別個の存在でありながら共通性を有している。しかし顕現の大きさからいうとイエス・キリストの方がブッダ・キリストに優る。真のキリストの顕現である点は同じ」、「イエスでも、マホメットでも、釈迦でも、実は皆 キリスト神の使徒である」、「インドの釈迦も強調した通り、人間によりて何より大切なことは、見性の一事、明智の開発、心眼の打開である」、「これが単なる口頭禅でなしに、いよいよ実行上に現れたとすれば、古来、世界の大導師達によりて顕彰された、神の実在が初めて判り、それぞれ経綸の衝にあたる、偉大なる神々の指教と、保護とに浴することが出来てくる」、「仏教として知られている純粋な古代の宗教は、当初は、天界の第三局面とつながっていて、熱烈な仏教徒の究極の願いは、“ねはん”に到達すること、魂が普遍的な存在と融合する瞑想の局面に到達することだった。この状態は、誤って、“無”の状態であるとみなされてきた」、「ねはんの境地に達したとき、欲望から解放され、無の境地の中で安らぎを見いだすことは確か」、「仏教徒の間違いは、釈迦の教えを間違って解釈しているところにある」、「釈迦は、人間ひとりひとりの魂が最終的に身を任せねなければならない道を指し示すためにやってきた。その道とは、崇高な存在に身をゆだねるという道である」、「信頼の気持ちがあって初めて人間は天国に入れることを証明された。釈迦はこれを教えられた」
というように伝えられてきています。

それらによると、「イエスはブッダよりも大きな顕現である」が、「ブッダを否定する」べきではないことになります。
| アラムさん | 2007/11/10 10:16 AM |
ありがとうございます。

今回のアラムさんのコメントはわたしの記事への注釈という受取りかたで扱うことしたので、わたし個人からは、うえの「ありがとうございます」というメッセージにとどまらせてもらいますね。
| テルテルさん | 2007/11/11 3:22 PM |
管理者の承認待ちコメントです。
| -さん | 2009/07/11 12:39 AM |










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