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UFO VS 世界の科学者100人
残業中にワンセグでたまたま観た番組への感想です。
先日の番組「UFO VS 世界の科学者100人」というもの。
とても人間心理をつく上手くできた番組構成でした。
人間心理を上手く利用した構成というのは。

「君は歌が下手だけど、リズムが良いね」
「君はリズムが良いけど、歌が下手だね」
と、ある女性に言ったとします。どちらが好印象でしょうか。
たぶん大概は前者だと思いますが、いかが。
これを利用した番組構成が上記の番組。

まず世の中で信じられない出来事を取り上げ「すごい」 と思わせ。
真実かもしれないと思わせます。そして番組の後半。
「それらは、ぜ〜んぶ科学で解明できる」 と植えつけます。

あら不思議。
テレビを見ている人が後半を全て事実と受け入れてしまいます。
茂木健一郎、さすが脳科学者ですね。
洗脳技術にも長けています!


ラマチャンドラン博士の研究も見飽きました。
あの実験て数年前にもテレビで取り上げられてましたよね。
脳学者なら、もっと脳のことを研究してもらいたいものです。
脳が認識した“幻覚”や“記憶”というものが存在するとするならば。
脳に全てが詰まっているという理論であるならば。
脳細胞をこと細かに調べあげればヴィジュアルが見れるはず。
脳細胞のどこをどうやれば、そういった映像が映るのか!?

この話は私などよりも“ザ・ヒーラー”の話を聞くのが一番ですね。
≪前略≫

 ダスカロスは、自分が住み、働く世界が自然の一部であると説明した。彼の科学を人々は誤って形而上学と呼んでいるが、そのようなものは存在しないと彼は主張した。

 「すべては物理だ。水素が見えないからといって、それが存在しないわけではない。私たちが取り扱うのは、五感を超えた、もっと幅の広い現実であるが、研究していこうと思えば、十分に感知できるものなのだ。だから、私たちは自分たちを真理の探究者と呼ぶ。現代の科学者たちは自分を物質主義者だと考えているが、彼らは物質が何であるか本当に分かっているのだろうか。彼らの物質の理解は限られている。なぜかというと、彼らは濃密な物質のレベルでしか働きかけをしていないのだ。私たちがこれを濃密な物質と呼ぶのは、私たちが働きかけをしている向こう側にも物質があるからだ。空気は透明だけれど物質である。エーテルも従来の科学によって発見されたが、愚かにも捨て去られた。しかし、それは私たちにとって電気と同じように存在していて、セラピーにも使われているのだ」

 私は友人に、ダスカロスの話しているエーテル・エネルギーの概念はベルグソンのエラン・ビタルやライヒのオルゴン・エネルギー、メスメルの動物磁気、またはヒンズー教のプラーナの概念と様々な意味で似ていることを指摘した。

 「なるほど」と友人(心理学者)は言いながら、顎をさすった。

 「自分たちを物質主義者と呼ぶ人たちと私たちとの違いはこうだ。私たちの実験室の方が広い、ということなんだ」とダスカロスはにっこりして言った。

 「では、あなたが言いたいのは」と友人はゆっくりと話しはじめた。

 「私たちが扱っているのは人間の脳であり、それは物質ですよね」

 「いや、ちょっとまってくださいよ」とダスカロスは遮った。

 「あなたが脳と呼んでいるものは頭蓋骨の中にある濃密な物質レベルの脳でしょう。それとは別にマインドと私たちが呼ぶものがある」

 「ああ、そういうことですか。では、その違いが何なのか言っていただけますか」と友人が聞いた。

 「それは発電機と電気の違いのようなものだ。電気はどこにでもある」とダスカロスは両手を広げながら答えた。

 「ところが、その装置によって電気が存在することを証明できるが、実際に電気を創造しているわけではないのだ」

 ダスカロスは、すべての物質はマインドが様々な形を取った波動であると説明した。彼は、人が普通、神として理解しているものを絶対と呼ぶことを好むが、マインド絶対ではなく、それは形を持たない絶対自身を形にする手段である、と言った。マインドは宇宙を創る超物質である。そして死んでいる物質などは存在しないと言った。

≪後略≫

『太陽の秘儀』より - P23
そうなんですよね。
『脳の中の幽霊』のラマチャンドラン博士は脳に刺激(微弱な電流)を与え被験者に「幻覚を見せる」といわれている部位を発見しました。

けれど、その当たり前のように使用している“電気”が「どこから来たのか」「どこから発生したのかもわからない」状態で研究をされています。“電気の根源”を知らない状態ですから、やはり現代の科学レベルでは根拠がないとしか言いようがありません。

話は違いますが、その被験者が体験したという“幻覚といわれている状態”は、ロバート・モンロー研究所で体験者たちが語っている“変性意識”“超意識”なのかもしれない(ヘミシンク自体がテレビ番組によって流行させられ、そのCDを販売するサイトも多々あり安っぽいイメージが出来上がりつつあるのが残念)。詰まるところ、どこから進んでも最終的にたどり着くのは、マスターや覚者が太古の昔から伝えている変わらぬ教えなのかもしれない。

滑稽(こっけい)な、たとえ話があるので紹介しておく。
ある科学者が必死の思いで断崖を登り、ひとつ目の頂きへの登頂に成功した。しかし、そこには既に神学者がにこやかな笑顔で座っていた。
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2007.10.06 Saturday | Category[2]スピリチュアル:その他 | comments(0)

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