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スピリチュアル本は数限りなくあります。素晴らしい本を全て紹介し切れませんが一部をこちらで紹介します。こだわりは「百害あって一利なし」。読書が嫌いな方は以下のものを読んでもらえればスピは十分だと思います。

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スピリチュアル的に価値ある生き方・人生
スピリチュアルな事への認識を得て、霊的世界(あの世)が存在するという事に理解が深まってくると“この世”で普通に生きている時に感じる不公平感・不平等が、なぜ存在するのかについての謎が解けてきます。

江原啓之氏の語るものでも、稀有な霊的教師アテシュリス師ダスカロスが教えるものでも「スピリチュアリズムの教え」を知り、学び、人生に生かそうと思った人は“幸せな人”です。それを思っただけでも今回の人生(転生)での霊的階段を一段上がれたのではないかと思います。

霊的教えを知る機会がない人、知ったとしても受け入れられない段階にいる人に比べたら幸せですから、それだけでも儲けもの。この転生(人生)の機会を無駄にしちゃいけませんよね。


この世の不公平といえば「生まれ持った能力」の優劣。暗記・計算・創造力、その他いろいろありますが、その能力によって自分が望む仕事に就けなかったりする不平等が生じると考える人もいると思います。しかし霊的視点に立って考えるならば不公平ではないことが分かります。

例えば「学歴・経歴が素晴らしいエリート」「手術がうまい医師」「弁舌巧みな代議士・弁護士」「創造力あるIT創業者」「高い運動能力のスポーツ選手」「見事な彫刻ができる芸術家」など、それぞれ秀でた能力を持つ人がいる一方で「勉強ができず、運動能力もない、美的才能もない、一日を生きるだけでも精一杯な人」がいるとします。

この比較は少し大袈裟ですが、 霊的視点からみて「優れた能力を持った人」と「優れた能力を持たない人」、どちらの人生に価値があるのかと問われたとしたら、どう考えるでしょうか。

はっきりしているのは、どちら共に普段の人生・生活に“あるもの”が欠けていたら“人生の価値も同じ”ということ。人生を無駄にすることになります。名誉・地位ある職に就いていたとしても、高給職であっても、霊的視点からみた価値から言えばプラス面はありません

物質的視点・価値観からみれば、優れた能力を持ち、多くの人を救ったり、功績を残した人の人生の方が価値が高そうに思われるかもしれませんが、それは物質的視点からみた尺度でしかないんですね。

霊的視点からみて職業に貴賤はありません。どんな仕事に就いていたとしても霊的にプラスにもマイナスにもなりません(※殺人を行う職業、性を扱う職業、他者を苦しめ恨みを買う職業などに就くと別の霊的事情が絡んでくるので考慮していません)。

職業に貴賤はないとなると霊的にどんな生き方に価値があるのでしょうか

たとえば、ここにふたりの医師、A医師とB医師がいるとします。A医師は「医療は商売」と心から思い仕事に就いています。B医師は「医療は人助け」と心から思って仕事をしていました。

A医師は「500人の命を難手術を成功させ名医と呼ばれました」、対してB医師は「50人の命を普通の手術で救いました」、どちらの人生に価値があったでしょうか。

すでに察していると思いますが、この世は「心の使い方と人格の陶冶のためにだけに存在」しているので、B医師のような仕事に対する心持ちの生き方をしている人の価値が高いといわれています。私たちは転生を繰り返して、心の持ち方と使い方を成熟させ熟練させることだけが価値を持ちます。

精神が幼い頃は馬鹿なことをする若者が大勢いると思いますが、それと同じように、心の成熟がなされていない 未熟な人は「反省する」ことや「内省する」ということがありません。

それ以前に自分が他者にしているモラル、マナー、遠慮ない、心ない行いを気づくことがありません。気にも留めないと言ったほうがいいかもしれません。

スピリチュアリズムでは、我が身の一日の行いを省みる内省ができない人は、心の成長・人格の成熟ができません。心の鈍感さというものは霊的な人格を陶冶する面においては短所となります。

心(こころ)の使い方を学ぶこと、人格を陶冶(とうや)できているかによって人生の価値に優劣が生まれます

キプロスでスピリチュアリズムの教えを説いていた稀有な霊的導師ダスカロスは、このように書いていました。

「あなたは、この物質界でいったい何の目的のために生きているのでしょうか。それはただ心(マインド)の使い方に熟練するためです」ダスカロス

そう、江原啓之さんが教えるスピリチュアリズム同様、この世は〈心の修行場〉。霊界から視れば、この世は「地国(じごく)」でもありますから、悪がいて当然。

心が未熟な人間は動物と同等。人間の姿をした動物を想像してみてください。魂の向上の中で、頭脳だけ発達してしまって心の成熟を学ばなかった魂は、動物のように獰猛さや競争心だけが旺盛で生きるためだけに生きています。それでは「ただ生きているだけ」になってしまうので、なるべくスピリチュアリズムの教えを知ることと実践が必要です。動物のような魂のまま亡くならないように私たちも気をつけて今を精一杯生きましょうね!

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2017.08.05 Saturday | Category[2]スピリチュアル:コラム | comments(3)

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「精一杯」や「一生懸命」というマインドの抜け落ちた社会が今時のように感じますけど、あなたやこのブログに共感している人を見ると日本も捨てたもんじゃないと思えます。

最近読んだ江原氏の「守護霊」という本にも、ダスカロスと同じことが書かれていますね。

真のスピリチュアリストとは、霊視とか関係なく自分のこころのパワーをより沢山の人(生死問わず)のために使える人なのかもと思ってます。原点の本が出てきたので、嬉しくてついカキコ。
| 整体Cさん | 2017/08/11 1:31 AM |
整体Cさん、お久しぶりです。コメントありがとう。

江原さんの新刊、紹介してないけれど私も読みました。いい内容でしたね。10年近く学び続けていますが、なかなか階段を登れないので基本的なことを大切に生きています。
| Teru Sunさん | 2017/08/12 11:17 PM |
管理者の承認待ちコメントです。
| -さん | 2017/11/17 11:09 PM |










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