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スピリチュアルな想いを形に
2019.06.02 Sunday | Category- | -

『ダライ ラマ 般若心経入門』の紹介
ダライ ラマ 般若心経入門ダライ ラマ 般若心経入門
ダライ ラマ14世 宮坂 宥洪

春秋社 2004-03-19


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ダライ ラマ 般若心経入門』は法王が自ら執筆した書ではなくアメリカ各地で一般聴衆を前にして行われた講演(法話)をまとめたものだと“訳者あとがき”で説明されています。蛇足になりますが法王の自筆書は数える程しかありません。最近の訳書では『ダライ ラマ 宗教を超えて』がそれにあたります。

講演内容をそのままの形でまとめ文章に起こされたもので時事的な内容も混ぜながら普段通りのダライラマ節で法話が進められていきます。話は逸れますが横浜での法話を聴講に行った際に何千人もの聴衆の前でメモ書きなど手にすることなく淀みなく説法を行う法王の姿を見て、仏教や密教哲学をほとんど暗記して、その都度、言葉を変えて話をしているのだと体感しました。 現代に蘇った仏陀のようで、まさに“法”の王です。

法王の説法は大乗仏教だけに重きを置いたものではなく、ほとんど全ての宗教、仏教的教えをリスペクトした上で行われているのではじめて仏教を学びたいと思っている人にも精神的にやさしい配慮がなされていてバランス感覚が養われます。チベット仏教は後期大乗仏教の密教にあたりますが上座部仏教を軽視しない姿勢は、さすがという他ありません。

ナーガールジュナ(龍樹),シャーンティデーヴァ(寂天),チャンドラキールティ(月称),ヴァスバンドゥ(世親)など 古聖の言葉を経典から引用し、それを法王自身の言葉でもって般若心経を易しく解説されているので、これから他の書も読んでみようという気持ちにもなる切っ掛けにもなると思います。

■第1部 仏教の立場
 第1章 内的な成長の探求/第2章 現代世界の宗教 -さまざまな教え、さまざまな道 -自らの伝統を維持する -互いの伝統を分かち合う -他の伝統から学ぶ/第3章 仏教の基本 -仏教の特徴 -仏陀 -初転法輪 -十二縁起 -煩悩 -苦しみの原因を捨て去る/第4章 大きな乗り物 -大乗仏教 -ナーガルジュナと大乗仏教 -大乗仏教の起源/第5章 苦しみからの解放 -苦しみと慈悲 -あらゆる教えを統合する

■第2部 『般若心経』の解説
 『般若心経』の本文(訳)/第6章 始まりの言葉 -般若経 -書名の提示と帰依の表明 -教えの源泉 -本質的なものと形式的なもの/第7章 菩薩の道に入る -アヴァロキシティーシュヴァラ(観自在菩薩) -良家の子女たち -仏性 -事物の様態/第8章 無我をめぐる問題 -最高の菩提心 -無我の教理 -四法印/第9章 空性の解釈 -二種類の無我 -唯識派の解釈 -決定的な解釈と暫定的な解釈 -中観派の解釈 -二つの中観派 -空と縁起/第10章 正しい見解を育てる -自性の正しい否定 -二つの真理を理解する -さまざまな解釈の伝統 -空の八つの相/第11 果の獲得 -すべての現象の空性 -涅槃 -般若波羅蜜多の真言 -『般若心経』の隠れた意味 -一切衆生の歓喜

■第3部 菩薩の道
 第12章 菩提心を起こす -漸進的なアプローチ -七因果口訣 -自他等換 -利己的な心と他者を思いやる心 -トンレンの実践 -菩提心を起こす

■付録『般若心経注解 語義の完全解明』 ジャムヤン ガーウェー ロドゥ著


空は色とは別のものではなく、色もまた空と別のものではない」という言葉について考えてみよう。この言葉は、真理に関する仏陀の教えには二つの側面があることを示している。
 その一つは世俗諦(せぞくたい)、つまり日常的なレベルにおける真理に関するものであり、もう一つは勝義諦(しょうぎたい)、すなわち、さまざまな分析を通じて導き出された事物の究極的な在りよう、つまり究極的な真理に関する教えである。
 ナーガールジュナは、『中論』の中で次のように述べている。

 仏陀は二つの観点から真理を説いた。
 一つは世俗的な真理であり
 一つは究極的な真理である

世俗的な真理、つまり相対的な世界における多様性については、通常の心や知覚能力によって知ることができる。しかし、究極的な真理、つまり事物や出来事の真の本性を知るためには、徹底的な分析を行わなければならない。究極的な真理を知るということは、現象の真如、すなわち物事の究極的なあり方を知ることであり、リアリティの本性についての究極的な真理を知ることである。

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2014.02.22 Saturday | Category[2]霊的偉人:ダライ・ラマ | comments(0)

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2019.06.02 Sunday | Category- | -

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