プロフィール
開設2007年2月
Twitter Teru_Sun
Gmail


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
カテゴリー
おすすめ
おすすめ本(一部 工事中)
スピリチュアル本は数限りなくあります。素晴らしい本を全て紹介し切れませんが一部をこちらで紹介します。こだわりは「百害あって一利なし」。読書が嫌いな方は以下のものを読んでもらえればスピは十分だと思います。

最新の記事
            
ブックマーク
順不同
Google

ブログ内を検索
スポンサー
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
【オーラは存在するのか?】『脳の中の万華鏡---「共感覚」のめくるめく世界』[書評・感想・考察]
リチャード サイトウィック・デイヴィット イーグルマン

共感覚という言葉を知っていますか?

脳のなかの万華鏡---「共感覚」のめくるめく世界ブログでは霊的世界のエレメンタル[想念体]について書いたときに少し話題にしたものです。共感覚がどんなかというと音に色を感じたり」「香りに感触を感じたりするような“特殊感覚“のこと。

共感覚に注目した理由は霊視・霊能者が視るオーラ共感覚の一種なのではないかと感じたからです。

ですが安易な断定は人を誤謬に導きますから精査しなければなりません。そこで『脳の中の万華鏡---「共感覚」のめくるめく世界』を基に共感覚について考えてみたいと思います。

この本は書名水曜日はインディゴブルー 脳の共感覚を発見する(Wednesday Is Indigo Blue: Discovering the Brain of Synesthesia)」という洋書が原著です。もしかしたら洋書名を直訳まま出版したほうが読者を惹きつけるかもしれません。

神経内科医リチャード E.サイトウィック(Richard E. Cytowic)と神経科学者デイヴィット M.イーグルマン(David M. Eagleman)の共著で、本書の特徴は2010年以前に出版されてきた他の共感覚を題材にした同類書と比べて圧倒的に情報量が多く、今まで集積された学際的な記録がほぼ全てが記述されているのではないかと感じるくらいに豊富なところです。

共感覚研究は今現在も続けられていて、過去に挙げられた研究結果が日々更新されている現状が理解できます。ですから過去の研究結果や仮説の本を論拠としてウェブ上で様々な読者が思い思いに共感覚を語っていたりしますが、その内容が“既に棄却された話”かもしれないことなども把握できます。なので共感覚に興味を抱くかたは本書を必ず読んでおいた方がよいと感じます。棄却された話を知らずにいると恥ずかしいことになりかねません。

私が特に興味をおぼえた内容は〈第9章〉の「後天的な共感覚―同じなのか違うのか(p.282)」で詳細に述べられているLSD、メスカリンなどの幻覚剤ときどき共感覚を生じさせることが発見されていて音→視覚のタイプの共感覚が多い、というところ。よく幻覚をみたあとに、その人たちが語るサイケデリックな色形(視覚タイプ)が共感覚者の世界と似ているのではと感じるからです。

そこで本書ではLSDに誘発された共感覚の体験と自然に起きる共感覚とどのくらい似ているのかが調べられた結果も書かれていて、共感覚者5人にLSDを投与して実験したところ「その体験は共感覚とは異なる(p.283)」と4人が証言したことなどがわかっています。しかし、この人たちはもともと共感覚があるので、LSDを服用しても影響がでなかったのかもしれないと研究者が考えているところ。その真偽はまだわからない追研究が必要だとしています。

また瞑想状態(p.287)」では、精神科医ロジャー ウォルシュによって瞑想を実践している人たちのなかに後天的な共感覚者が多く存在することなどにも触れているところが面白いところです。

瞑想を実践している長さが後天的共感覚者には共通していて瞑想中は10倍かそれ以上も共感覚が多い(p.288)」そうです。だから共感覚を体験したい人は、LSDを服用しなくても、瞑想を修得するといいと著者が書いています。たしかに超感覚的知覚や霊視力というものも瞑想の達人になる程に現れてくるものだとされています。

さて個人的な興味の本題、オーラの話も〈第7章〉オーラ・オーガズム・情動(p.197)」で取り上げられています。人や物の周りに色つきの輪郭ないしはオーラが見えるという共感覚です。実験の結果は、共感覚者が対面する人や物をどういう風に感じたか(情動)で色が変化すると述べられています。無自覚の観察眼のようなものです。

ある児童は身近な人ほどはっきりした強い色があり、よく知らない人にはまだ色がありません(p.199)」という母親の証言を論拠にして情動がオーラに関係するのだと示しています。オーラが外側にあるのではなく、それを見ている人の内側にあるのだという訳です。

本著者らは認知科学者ですので“目には見えない物質”、スピリチュアルでいわれる“気”などを考えずに結論を出すので、まだ断定するには早い気もしますが彼らの話を引用するとこう言っている。
熟達した霊視者だけが感知できるエネルギーを人々が放っていると考える必要はなく、これを科学的に説明するなら、人は日常的に、相手の内部に情動的な反応を起こさせており、情動に関与する領域と色の知覚に関与する領域とのあいだに共感覚のクロス活性化がある場合には、情動を起こす刺激が色を帯びるようになると考えるだけでいい。

この見解には疑問がわきます。仮結論を鵜呑みにしないことも大切だと思うので逆に問いとして本当に目に見えないエネルギーを人々が放っていると考える必要はないのか?」「情動以外にも何からのバイオフォトンとかそういった微粒子を脳神経ニューロンが捉えているのではないか?と思います。この著者らは共感覚の研究を広汎にまとめましたが、その論拠が真に正しいとは未だ言えていないので早計な結論はまだまだ控えるべきなのじゃないかと感じます。

国内では気やヒーリング研究メジャーではない研究も存在するので目に見えないけれど脳が何らかのものを捉えているいるかもしれないという仮説があることを認識しておくことが必要だと思います。何かある一定の方向に確証を求める結論はスルーしておいた方がよいでしょう。

ですが〈第10章〉の「リアリティは万人に共通ではない」で著者が改めて語る示唆には大きくうなずかされます。要約するとこのような話です。私達が当たり前のように見ている景色、公にみんなが共通認識としている「客観的な視点」の認識もすべてが錯覚のようなもので、この人間という存在が見る客観的な世界などどこにも存在せず、存在するのは私たち一人ひとりの「個人の主観的な視点」だと。ここまでわかっていたら、なぜ「目に見えないエネルギーを考えるまでもなく…」なんてことを書いていたのか不思議ですが、いいことにしましょう。
最新記事へ
スピリチュアルな想いを形に
2013.02.03 Sunday | Category[2]スピリチュアル:コラム | comments(34)

スポンサーサイト
最新記事へ
スピリチュアルな想いを形に
2019.09.01 Sunday | Category- | -

   ※予め注意事項を確認ください
   ※タグは全て無効になります
   ※本文中のURLは管理者以外の投稿は削除されます
   ※記事の内容と関係ない投稿は削除されます
   ※誹謗・中傷・広告宣伝・差別・卑猥にあたる発言は削除されます
   ※その他、管理者が不適切と判断した投稿も削除されます
お初にお目にかかります。
基本的に既存の科学で物事を説明できるのであれば、
科学的に証明されていない仮説を用いる必要はないと思います。
また新しい仮説は検証されなければなりません。
オーラについては、ジェームズ・ランディが実験したことがあったと思います。

10章については、デカルトなども「我思う故に我有り」と論じていますね。
我々が生活していくには、科学的手法が有効だと思います。

個人的感想ですが、teru sun氏は最近肯定論者に寄り気味で、
そちら側にバイアスがかかっていると思います。
新奇な仮説が認められるには、それに見合うだけの証拠が必要です。
ゆっくり待ちましょう。
| 三角小間さん | 2013/02/05 10:20 PM |
三角小間さん、どうもはじめまして。
> 基本的に既存の科学で物事を説明できるのであれば、科学的に証明されていない仮説を用いる必要はないと思います。
――この記事のどの辺りのことですか? ご指摘下さい。気をつけて省察の材料とさせて頂きます。

> オーラについては、ジェームズ・ランディが実験したことがあったと思います。
――ランディ自体が否定者バイアスありすぎる人物なので、あの方の実験やらには要注意しなければなりませんから鵜呑みにするのはおすすめできませんよ〜。
なぜか懐疑論者の神様的な存在に担がれてますけどね。ランディ自体がスピや霊能者という者への仕返しの衝動で活動しているようにしか見えませんしね (^_^;)

> 個人的感想ですが、teru sun氏は最近肯定論者に寄り気味で、そちら側にバイアスがかかっていると思います。
――どの辺りの記事でしょうか? どの記事かご指摘下さい。モヤモヤと三角小間さんが思われただけなら勘違いかもしれません。肯定というものは世間的には少数派なので、ややそちらを意識的に観察しなければ否定バイアスがかかってしまうのが世の常ですから三角小間さんもお気をつけになってください。
| Teru Sunさん | 2013/02/05 11:58 PM |
ご返事ありがとうございます。
科学的に証明されていない仮説とは「気」などのことです。

ランディが否定者寄りなのはそうだと思いますが、
実験とはそもそも、そういったバイアスを減らすために行うのですから、
問題点として挙げるのならば、ランディが否定論者かどうかではなく、
実験の手続き上の問題を指摘すべきでしょう。

たとえば、
「ここまでわかっていたら、なぜ「目に見えないエネルギーを考えるまでもなく…」なんてことを書いていたのか不思議ですが」
といった部分です。

このブログを訪れるのはスピリチュアルに肯定的な方が多いと思います。
霊的なものを研究、実践していくにも批判的思考や科学的手法は有効と
私は考えております。
このブログはスピリチュアルだけでなく、懐疑的な視点をもつことを推奨しているので
単なるビリーバーを啓蒙する点で大きな意義があると思います。
ですので、最近記事が肯定により気味と感じたので、残念に思った次第です。
| 三角小間さん | 2013/02/06 8:49 PM |
三角小間さん、昨夜は家に帰宅せずにいたので返信コメントが遅れました。今回の指摘はとても面白いので三角小間さんの協力でひとつずつ解消してゆきたいと思います。

まずは“気”の話しの前に二段落目のランディのオーラ実験の話題について一緒に考えて貰いたいです。三角小間さんが最初のコメントで言っていた実験というのは、パネルの後ろに立っている人間を当てるというものですよね。

ランディのオーラ実験で判明したことは何でしょう?
※ 思いつく限り短文で列挙してみてください。

僕もこのコメントのすぐ下にコメントしておきます。後だしにならないように非表示で三角小間さんのコメントを待ってから表示させます。コメント待ってくださいね。
| Teru Sunさん | 2013/02/07 8:51 PM |
● パネルの後ろに立っている人物を当てるのは難しい
● 自称能力者がオーラを見て人物を当てられると思っていた思い違い
| Teru Sunさん | 2013/02/07 9:03 PM |
ご返事ありがとうございます。諸事情でパソコンが使えないので、携帯からの投稿になりますが、読みにくかったら申し訳ないです。

私のオーラのイメージは、その人全身を包むような、もしくは頭部を中心に後光のようなものが広がっていると考えています。
おそらく、ランディもそのように考えて、このような実験を考えたと思います。
また、この実験を受けた人も実験条件を了解して受けているはずなので、そのような認識だったと思われます。

もし気が客観的に存在しており、それが見える人がいるならば、ついたてに人が隠れていても、隠れている人から出るオーラは見えると考えられます。

しかし、ついたての後ろに人がいるのを当てれないということは、オーラを見るには、その人の一部分か全身かを認識する必要があるのだと思います。

その場合、共感覚の可能性が高いと思われます。実際には、オーラは共感覚で説明できない点もありますので、別の原因があるのかもしれません。

とりあえず、この実験の場合ではオーラは客観的に存在し身体から放出するようなものではないことが分かります。

長くなりましたが、こんなところでしょうか。
| 三角小間さん | 2013/02/08 12:18 AM |
三角小間さん、僕が実験をどう見ていたか表示しました。また夜に三角小間さんの話と合わせて返信します。
| Teru Sunさん | 2013/02/08 8:14 AM |
三角小間さん 返信は敬意の現れです。今回 僕の考えが三角小間さんの長文とは違って あまりにも簡潔すぎて拍子抜けされたと思います。

まとめると ランディのオーラ実験で判明したことは 「自称能力者がオーラを見ているのかどうかさえわからない」という簡潔なことが判明したわけです。

>>>おそらくランディもそのように考えて このような実験を考えたと思います。この実験を受けた人も実験条件を了解して受けているはずなので そのような認識だったと思われます。
――僕が挙げた「自称能力者がオーラを見て人物を当てられると思っていた思い違い」にあたりますよね。

>>>もし気が客観的に存在しており それが見える人がいるならば ついたてに人が隠れていても 隠れている人から出るオーラは見えると考えられます。
――これも「自称能力者がオーラを見て人物を当てられると思っていた思い違い」にあたりますよね。この人の言っているオーラはそうではなかった勘違いだったわけです。

>>>この実験の場合ではオーラは客観的に存在し身体から放出するようなものではないことが分かります。
――これは勘違いです。オーラを見ているか判然としない人物を実験にしているので この人物が見えていると言っているモノがオーラではなかった勘違いということになります。

実際 ランディが行ったこの実験は「オーラが見える」という自称能力者がパネル後ろの人物らを当てられなかったというだけのものです。「オーラの存在有無」では全然ないんです。ですが ランディは「ハロー効果」を人に抱かせますから オーラと自称能力者を否定する「プロパガンダ技術」がこめられたショーです。ランディによって「感情バイアス」を高揚させる役割が果たせています。

なので僕はランディを ただのおっさん としてみて この実験が「オーラというものを語ってはいても全く関係のないもので」人を欺くために作られたペテンショーだと感じていて 三角小間さんのコメントをややスルーした返答をいたしました。まずひとつ解消できたと思います。いかがでしょうか。

次は“気”の話ですね。

| Teru Sunさん | 2013/02/09 12:48 AM |
どうやら、根本的な見方の相違があるようですね。

terusun氏は、要するにランディがこの実験自体を仕組んだと考えてる でよろしいでしょうか。

僕は、ランディがたとえ否定よりであっても、詐欺的行為はしないと信じています。
ここまでくると、信じるか信じないかの問題だと思います。
もしくは追試をするしかないでしょう。

気になる点とすれば、この実験はその人がオーラを見ているのか、という目的で行っているので、その人がオーラを見ているかどうか判然としない のは当たり前だと思います。
次は気についてお願いします。
| 三角小間さん | 2013/02/09 12:49 PM |
根本的な見方の相違ではありません。「要するに」の部分で要約された部分も三角小間さんの誤読解釈です。そう言っているわけではありませんよ。もう一度よく読んでもらえませんか?

「オーラについて何も検証すらできない実験で無意味なもの」といいました。

>>>オーラを見ているかどうか判然としない のは当たり前だと思います。
「当たり前だと思う」という思い込みが問題です。何を見ているかどうか判然としない人物の実験で何がわかったのでしょう?
この人物の自称能力が疑われた、という事実だけが判明しました。オーラのことには一切関係がないのですよ。いかがでしょう。
| Teru Sunさん | 2013/02/09 5:24 PM |
すいません、おっしゃてることがよく分からないです。

「オーラについて何も検証すらできない実験」とありますが、たとえばどのようなことを検証するのでしょうか。

オーラを見れると自称する人物がいて、それが本当かどうか検証して、否定的な結果がでた。よって自称する人物の見ているのは、オーラとは別のもの、もしくは嘘をついていたと分かります。
ここまで理解の違いはありますか。
| 三角小間さん | 2013/02/09 6:59 PM |
連続投稿ですいません。コメントを読み返していて気づいたことがあります。

terusun氏が言いたいのは、この実験からはオーラが存在しないことを証明していない、ということでしょうか。
| 三角小間さん | 2013/02/09 8:07 PM |
わからないですか〜 (^^;)  

>>>「オーラについて何も検証すらできない実験」とありますが、たとえばどのようなことを検証するのでしょうか。
――なんだか質問が変な方向に向かっているので修正して「ランディの実験では何もオーラの存在有無の検証なんてできないよ」という事を書きました。だいじょうぶですか?

>>>オーラを見れると自称する人物がいて、それが本当かどうか検証して
――ランディのやったことは「オーラの実験」だと三角小間さんは考えているので「本当かどうか検証して」と言うわけで。肯定的な結果がでた場合、オーラのことで何かわかりますか?
| Teru Sunさん | 2013/02/09 8:21 PM |
コメントが重なっちゃいましたね (^^;)
>>>terusun氏が言いたいのは、この実験からはオーラが存在しないことを証明していない、ということでしょうか。
――端的に、違いまーす(^^)

あと僕のことを「氏(うじ)」「し」敬称で呼ぶのはやめて下さい。「さん」でお願いします。
| Teru Sunさん | 2013/02/09 8:25 PM |
横から失礼します。
シュタイナーが興味深いことを言っていたので載せます。

――
何人かの人が集まって自然科学的な方法の実験を行う場合、
そこに参加する人々には、自然科学が述べている結果を得たいという願望があるのです。
克服すべき日常的な願望、欲望を持ったまま、実験に取り組むことになります。
このような仕方で実験した場合、霊的世界の真の印象は、当然のことながら消え失せてしまいます。
物質界の思考に沿って実験がなされるからです。
そのような物質界の思考、願望、欲望を、克服しなければならないのです。
「何らかの意図が、好奇心の強い大学教授の頭のなかにではなく、霊的世界に存在する」ということです。
霊視者がほかの人々の思考と感情を体験するための意図は、霊的世界から発します。
そして、霊的世界のカルマによって、人々が集められます。
運命の導きによって、人々が集まるのであって、大学教授が人々を集めるのではありません。
霊的世界の導きによって、個々人の感情のなかに生きているものを、霊視者が見るのです。
そのような在り方によって、つねに霊的知覚は可能になります。
――
ランディの実験方法はあまりにも唯物的で意味がないと思いますが、
そのような実験に参加して結果を出せると思った自称霊能者も似たもの同士と思いました。
| 夜明けさんさん | 2013/02/19 1:39 PM |
terusunさん
すいません、返信に気づかず間が空いてしまいました。

ランディの実験で肯定的な結果がでた場合、一応はオーラが存在すると結論づけることができると思いますが、どうでしょう。

夜明けさん
ドーキンスが、神が存在するというのも一つの仮説であり、仮説は検証されなければならない 的なことを言ってます。
考え方の違いですね。
| 三角小間さん | 2013/02/20 1:13 AM |
三角小間さん

ランディの実験モデルを懐疑的に精査しますと、もし肯定的な結果が出た場合でもオーラが存在すると結論づける事ができないです。実は誰も指摘していないかもしれません。

例えば「超すごい感覚」を実は能力者が持っていて、パネルの後ろに立っている生物の熱源を視ることができていたら… または、超敏感な聴覚を持っていて、パネルの後ろに立っている生物の心臓音で居場所を特定できたら… または、超感覚的な能力でパネルの後ろに立っている人を透かして視ることができたら… などオーラ以外の概念を持ちだして説明することができます。

超ESP仮説を、この実験モデルに当てはめて懐疑的に考察するとたとえ肯定的な結果がでてもオーラを特定することができません。まずは、上記に挙げた例などを潰して(遮蔽した)実験モデルを別に構築する必要があります。このようなことから、このランディの実験モデルは十分ではないと考えることが可能です。
| Teru Sunさん | 2013/02/24 1:32 PM |
terusunさん

被験者がオーラが見えると主張する以上、その方法が熱探知でも心音でも、透視でもESPでも、そのような情報をオーラという形で見ているだけですから、問題ないのでは?

| 三角小間さん | 2013/02/24 11:31 PM |
三角小間さん
そう言ってしまってはまずいです。科学的な検査をしたい場合、それを曖昧にするというのは意味がない実験だと言っているようなもの。僕が書いた意味はオーラを見ていなくても当てられる実験では意味をなさない事を言っているんです。被験者が嘘つきで超能力者だった場合を言っています。
でも、ランディの実験がオーラ判定などをするものではなく意味の無い実験だという事が三角小間さんの返答でも共通化できたのでよかったです。
| Teru Sunさん | 2013/02/25 10:04 PM |
terusunさん

心音を無意識に感じ取り、それが脳内で処理されオーラとして見えている場合と、心音で位置が分かるが、オーラを見ていると嘘をついている場合、どう見分けるのでしょう。
| 三角小間さん | 2013/02/26 12:10 AM |
三角小間さん
話があらぬ方向に向かってますが、三角小間さんの疑問は本来ランディに向けられるべきものですね。ランディの実験モデルに対して三角小間さんが批判を呈しているわけです。いいと思います。そうです、オーラを見ていると嘘をついている場合、あの実験では見分けがつきませんよね!

ただ僕が言いたいのは、ここではまず「超すごい透視能力、聴力、熱源察知感覚を持っている被験者がいる」とした上で「その被験者が嘘をついている」とお考え下さい。そうするとランディ実験モデルでは、それらの能力を遮蔽できない事が明らかなので実験モデルとしては不十分ということです。

聴覚遮蔽方法は、今ならば1キロくらい離れた位置でカメラ越しに見る、などそういったこともできそうですね。大音量のヘッドフォンを耳に当てておいてという方法でもよいですけど。
| Teru Sunさん | 2013/02/27 12:04 AM |
terusunさん

terusunさんの主張を突き詰めると、被験者が嘘をついているかもしれないから、この実験はオーラとは関係ないと言ってるように思えますが。。
| 三角小間さん | 2013/02/27 2:11 AM |
三角小間さん、全然突き詰めていませんが、そう思いたい場合は三角小間さん主観を否定はできません。思いたいようにしか人は思わないものですものね。
よく考えて欲しいです。オーラとは関係ないとはいっていないのですが、実験手法が不充分なことは三角小間さんもコメントでおっしゃっていましたよ。
| Teru Sunさん | 2013/02/27 9:04 AM |
terusunさん

2月9日0時48分のコメントに「オーラというものを語ってはいても全く関係ないもので」

2月9日17時24分のコメントに「オーラのことには一切関係ないのですよ」

と述べられていますが。。

ランディのサイキックチャレンジは予備テストと正式なテストがあり、予備テストとしては充分だと思います。
| 三角小間さん | 2013/02/27 3:48 PM |
三角小間さん
そういった継ぎ接ぎのコメントを文脈の脈略もなく持ってきて批判するのは週刊誌の三面記事と同じ手法ですよ。その前後のコメントでは、どういったやり取りがなされていましたでしょうか。改めて読んでも問題ありませんでした。

予備テストでも正式なテストでも超ESP仮説を当てはめると意味をなさないテストになるでしょうね。超心理学の世界でも、どうやったらそういった実験をできるのか難問で大学教授の方の話を伺っても、その実験を方法で立ち往生している現状です。難しいのですよ。
| Teru Sunさん | 2013/02/28 12:23 AM |
オーラとは関係ないは僕の誤解だったようですね。すいません。terusunさんが言いたいのは、実験として不十分だで合ってますか?
超能力があるかないかということと、その超能力がどのような方法で行われているか、をごっちゃにしていませんか。
前者の実験としては充分なのでは?

| 三角小間さん | 2013/02/28 3:08 AM |
実験の精度を紗崎さんに説明するためにいろいろな話しをだして理解してもらおうとしていますが、それが全く伝わらないので、その指摘もちょっと当てが外れているようです。実験で超ESPが使われた場合も考えなければ実験として無意味です。オーラとは全く関係ない実験とザックリ説明できます。
紗崎さんはジェイムズ ランディに信をおき過ぎているようにしか感じません。これがこちら側感じた主観です。それを僕にゴリ押ししています。僕がこれだけ説明しても納得されない場合は主観の相違ですから共通認識を得られそうにありません。
真摯な実験者や研究者は超ESP問題があるので、安易な実験のようなものは行わないので、今ある安易な実験としてランディのようなマジシャンの行った実験が否定的懐疑論者に異常に持て囃されいるのだと思います。一番最初の紗崎さんのコメントでランディについての説明はし尽くされたと思っています。
| Teru Sunさん | 2013/02/28 8:11 AM |
話が逸れるので別枠
科学的・懐疑的に物事を精査する事は本当に因果な作業です。自分が信頼や好感を寄せる相手であっても、その実験や主張の粗を探さなければならないからです。国内のネット自称懐疑論者は著名な権威的懐疑論者(セーガンやランディなど)の粗探しをする事を避けて来ました。僕はその部分にも自分の心の中で疑う気持ちを持ち続けています。他人の主張の粗を探すのは本来は蔑まれるような行為ですが研究者はそれを普段から行っています。

話しを戻すと、本書では著者らはオーラを否定しました。しかし本来は安易にこのような事を書くことは適切ではありません。オーラは肯定も否定もできない領域の話だからです。ですから認知科学などの発展で何か分かる時が来るでしょう。しかし否定は時期尚早です。
| Teru Sunさん | 2013/02/28 8:54 AM |

話が噛み合わないのは、暗黙の前提が違っているからでしょうから、それを探していますが、いまだに分かりません。

私の立場はランディの実験は基本的に問題がないというものです。
超ESP仮説はオーラはESPでも説明できるというものですよね。

以下はついたての後ろに人がいることを当てられた場合、またトリックが無かったとして話しを進めます。

この場合分かっているのは、何らかの超常的な力でついたての後ろの人を当てれるということですが、被験者がオーラを見ているという以上、そのオーラで判別しているとして問題ないと考えます。
たとえ、被験者が無意識にESPを発揮し当てているとしても、被験者の主観ではオーラで判別しているので問題ないと考えます。

ここで問題があるのは、超能力があるのに本当はオーラなど見えていないが、見えていると嘘をついている場合ですが、そんな奇妙な嘘をつく人がいるとは、私には思えません。

以上のように、オーラが関係ないと言えるのは被験者が嘘をついている場合だけであり、たとえESPで当てているとしても、被験者の主観ではオーラで当てているのですから、オーラとは関係ないとは言えないと思います。
オーラを見ている方法が、ESPか心音か分からないから不十分だとおっしゃるなら、それを調べるのは今の科学ではほぼ無理でしょう。
ちなみに否定的な結果の場合ですが、被験者が見ているオーラは客観的に存在するものではないと仮定できるでしょう。
自分から実験に参加しているのですから、オーラが見えると嘘をついているのではなく、実際に共感覚的なオーラが見えていると考えた方が妥当と思います。ちなみに実験者が否定的だから能力が発揮できなかった等は、正直言い訳に聞こえます。がそれを加味した条件で再実験してもよいかもしれません。

このような思考プロセスで、超ESP仮説を仮定しても、無意味な実験だとは言えないと思いますし、ましてやオーラとは関係ないとは言えないと思います。
terusunさんも、超ESPを仮定すると無意味な実験になると結論するまでの論理の流れを書いて頂けたら私も理解できると思うのですが。
また、私の論理の流れで問題点があれば、どこがどのようにおかしいのか指摘して頂けたら私自身間違いを認識できて助かります。terusunさんだけでなく、これを読んだ人が何か気づいたことがあるのなら指摘してくださればとても助かります。また説明不足で理解できない点は指摘していただければ、詳しく説明します。


記事にある本を読んでないので分かりませんが、引用を読む限りでは、オーラを説明するには気よりも共感覚の方が適当だと言っているだけだと思いますが。

オーラを説明するのに、合意が得られていない気といったものを仮定するのは、仮説を支えるのに仮説を用いているので、循環していると思います。


○○が存在しないことを証明するのはほぼ無理なのですから、客観的なオーラがあると証明されない以上は、一応は無いとしておくのが妥当と考えます。

でないと、UMAやUFOやなんでもかんでも信じないといけなくなるでしょう。

| 三角小間さん | 2013/02/28 7:26 PM |
考え方の違いですからどうしようもありません。ただ一つ共通する点はオーラに興味があるという部分でしょうか。紗崎さんがランディの実験にビリーブな立場を取っていて、僕はスケプティックな立場を取っているという感じでしょうか。当ブログは「肯定・懐疑・否定・わからない」すべての考え方を考える事を素晴らしいと感じていますから、紗崎さんのビリーブな立場で実験を見るオーラの話にも理解を示します。いいと思います。OKです。
| Teru Sunさん | 2013/02/28 11:31 PM |
terusunさん

コメントしたと思ったのですが、失敗したようです。

お互いにもう少し歩みよれたら良かったのですが残念です。

ちなみに途中から名前を間違えましたよ(笑)
| 三角小間さん | 2013/03/02 12:10 AM |
そうですね〜、もう少し共通点があれば良かったです。僕もとても残念です。
ちなみに僕の名前はterusun じゃなく名がTeru、氏がSunです。

高知県に住んでいる○○という事が分かったので途中から偽HNではなく呼ばせてもらいました。ネットは怖いもにですね。真HNは紗崎さん。残念だったのが他のとこで別人の顔で私にとても失礼な発言をされていたこと。

ここへの発言動機は、ただ単なる当て付けだと見ています。申し訳ないですが本当に残念な二面性でした。
| Teru Sunさん | 2013/03/02 11:05 AM |
teru sunさん

何か誤解されてませんか?

アシオスのブログの件は私も知っていますが、あっちにはコメントしたことありませんよ。

それに私は、ここ4年近く三重に住んでおりますし。
| 三角小間さん | 2013/03/02 4:40 PM |
IP取得解析を取り違えていたようです。
2つ上のコメントの件 深くお詫び致します。
誤解していましたので申し訳ありませんでした。
| Teru Sunさん | 2013/03/02 5:19 PM |










AX